「ほれ、野菜もきちんと取れ。肉ばっかり食いおって」
今日は、月に一度のスキ焼きの日。
とりあえず世の中から隠れている身だから貧しいので、あまりぜいたくは出来ない
ネルガルが他の部下達に内緒でこっそりが取り決めた、唯一、
ささやかにぜいたくをする日なのだ。
だもので、
「これ、お前だけは特別じゃと申したには申したが、
だからと言うて、お前だけ特別に
バカスカ肉を食っていいとは言うておらんぞ。

ちっとは遠慮せんかい…ぐぅ…!」
「そうやっていつもいつも、アンタは自分だけいい思いをしてきた」
すると彼の向かいに座って鍋をつついていた鋭い目をした少年は、
テーブルの下越しに、遠慮無くネルガルの腹へ拳をくれ、
「だから今からは俺だけが肉を食う」
必殺に近い一撃を食らって苦しんでいるネルガルを尻目に、
もくもくと肉のみを食べ続けた。
(う…ぐぐぐ…今まで育ててきてやったというのに、なんたることじゃ)
激痛のあまり、腹を両手で抱えてテーブルの上につっぷしつつ、
ネルガルは額から脂汗を流し、目の前の少年、ジャファルを睨む。
(ううむ…しかし、これはひょっとして)
「ふー、食った」
やがてやっとこさ、痛みが薄らいでテーブルの上へわが身を起こしてみれば、
「なんっじゃあ、こりゃっ!」
見事に肉のあった場所に空白が出来ている。

「…後片付けはしないぞ」
あまりのショックで呆然となったネルガルへ、少年ジャファルはさらに
とどめの一撃を食らわしたのである。



お茶目な僕の反抗期


(ひょっとして、これは『反抗期』というやつなのかもしれん…)
血の涙を流しながら、ネギや白菜だけになった、
もはやスキ焼きとは言えないだろうスキ焼き

の鍋を一人で孤独につつき、ネルガルはふとそれに思い当たった。
今までは、彼にとにかく従順なように、彼の言うことを第一に聞くように
育てていたつもりの少年が、いきなり言うことを聞かなくなる。
腹に必殺寸前の一撃を食わされるほどの過激なそれが、反抗期の範疇に
入るかどうかはともかくとして、もうかなーり前になるし、
余人にはちょっと想像できないが、彼にもそんな時期があったのだということに。
(護衛という意味でも、いつも側におるしの。やはりそれが)
…始終一緒にいる、それがいけなかったのかもしれない。
思えば、アトスと一緒にいた頃もそうだった。
(わしらでも、何百年も一緒にいたんで飽きたからの)
なのだから、とりあえず普通の(かどうかは知らないが)少年が、ネルガルと
いつも一緒にいれば、お互いのアラだって見えてくるだろう。
(ひょっとしたら、アトスと喧嘩したのはそこいら辺も原因かもしれんわ。
ま、今となってはどうでもええことじゃがの)
やれやれどっこいしょ、などと言って、空っぽになった鍋を台所の流しへ
持っていき、洗いながら、
(ともかく、あれを少し、わしの側から離して様子を見るか)
ネルガルはそう思ったのである。



と、いうわけで早速次の日。
「よろしゅうございます。私がいっとき、お預かりしますわ」
黒い牙に潜入直前のソーニャの元へ、ネルガルはジャファルを連れて
彼を預けた。
二つ返事で彼女は引きうけ、ネルガルも安心して彼女等の潜伏先から
本拠へ引き上げて来、
(うーむ…久々の『自由』じゃ)
なんだかんだいっても「子育て」は老骨には堪える。
(さて、今まで出来なかったことをしようかの。なるだけでかいこと…えーと)
久々に近所の銭湯にも行きたいし、一人で
自分だけの買い物もしたい。

「子育て」から解放されて「でかいこと」をやるにしては、
ちょーっとやることが小さいような気もするが、
(えー、眼帯眼帯。忘れてはならん。しかしグラサン
代用できるか…さて)
あれやこれやと外出の準備をしながら、ネルガルはうきうきと「自由」を
(それなりに)満喫し始めた…はず、だったのだ。



…3日経った。
(あやつめ。ちょっとはわしのところへも顔を出しに来ればよさそうなものを)
張り切って掃除したため、さらには汚す人間もいないため、家の中は久々に
ピカピカである。
これまた、久々にとりかえた綺麗なベッドシーツへ転がり、なのにネルガルが
思うことは、
(わしを一人にしおって)
ソーニャに自分から預けた、あの少年のことらしい。
自分から預けにいったということはケロリと忘れているあたり、彼らしいと
いえなくもないが、
(全く。今まで育ててやったのは、わしだというに
ちょーっと手前勝手な不満を抱いて、ピカピカの小さな家の中で悶々と一人、
ブルマンコーヒーを飲んだりしているのだ。
いつもならば、ここであの少年が、
「アンタばかり汚い。俺にもよこせ」
だの、
「茶菓子はないのか。気が利かないな」
だの、脅迫にも近いおねだりを、テーブルの向かい側の席から
してくるのだが、
「…それがないと寂しいもんだの」
繰り返すようだが、あの少年を預けてたったの3日である。
だが、なぜか物足りなくて、ネルガルはぽつりと呟き、コーヒーカップをシワシワの
両手で包んでため息をついていた。
(ちょっと様子を見てくるか…いやなに、別に心配をしているわけではないぞ)
で、思い立つと老人特有のせっかちが先に来て、
いてもたってもいられなくなったらしい。
(ただちょっと…ちゃんとやってるかどうか、様子を見るだけじゃ。そうそう、
様子を見るだけ)
心の中では、誰にしているのか知らないがそんな言い訳をしつつ、ネルガルは
いつも身につけている怪しいぞろっぺえを羽織り、早速ソーニャの潜伏先へと
向かった。
…で。
(なんじゃっ、あれはっ!)
彼は家を一瞬、間違えたのかと思った。
小さな窓からのぞきこむと、そこは台所になっていて、ソーニャが昔、
さらってきた小さな少女が皿拭きをしている光景が広がっている。
それはいいのだが、
「ニノ…シーツの洗濯、終わった。後は何をすればいい?」
あの少年が、ネルガルといる時には想像も出来ないほどの素直さで、
その小さな少女、ニノへ指示を仰いでいるのだ。
「わ、ありがとう。それじゃね…」
その少女が頼むのへ、また素直に頷いて、台所から出ていくジャファル。
(本当にここはソーニャのアジトか?)
目の前で繰り広げられる光景を信じられず、ネルガルは何度も後ずさりして、
その家全体の概容を眺めた。
そんな彼の姿を、道行く人が変人を見るような
目で見て通り過ぎていくのに、彼は気付いていない。

(間違い無い…あの屋根から生えているペンペン草。あれは紛れも無く
いつものだ)
何度も何度もそうやって家を眺め、やっとこネルガルは自分の記憶に間違いの無いことを
確認したのである。彼がそうやって中をうかがっているとも知らず、
「ニノ…大丈夫か? 昨日の傷、痛まないか?」
「大丈夫だよぉ。だって、ジャファルがちゃんと傷テープ、巻いてくれたから」
目の前では、少年と少女が、やはりそんな会話をしながら微笑を交わしあっているのだ。
しかし何という憎ったらしいほのぼのな光景だろう。
そりゃ、確かにあの少年に、今少女へ彼がしている同じことを自分にしろとは
言わないし、第一されたら気色悪い。
けれど、けれど…
(…あんまりではないか。それとも、相手がおなごだから、あのように鼻の下を
伸ばしておるのか!?)
今まで世話をしてやったのは自分だ、という、これもまた理不尽っぽい怒りが、
ネルガルの心の中にむくむくと沸いて出る。
「くおおお! ジャファル〜!!」
で、彼は台所の窓わくを掴んで叫んだ。
「ん?」
「あれ? ネルガルおじいさん」
中の二人は、そんな彼を見て驚くどころかキョトンとした目を向けてくる。
「この恩知らずっ!! わしの闇魔法を食らえいっ!
お前なんか大嫌いじゃああ〜!
…自分でも分かっていたのだ。
今の自分の叫びは、お前のかーちゃん、でべそ♪などと
ほざくそこいらのガキと同じだということを。
裏を返せば、なんていうか、やっぱりジャファルにもっと構って欲しいのだってことを。
だが、
「うわ、ニノ!!」
「きゃあ!」
年寄りの嫉妬パワーは恐ろしい。
ネルガルが放った闇魔法は、咄嗟に少女をかばった少年へと見事に命中し、
さらにはその家の天井までもぶち抜いたのである。
「…し、しまった…ジャファル!!」
「いやぁ! ジャファル、目を開けて!!」
で、そうなって初めて、ネルガルは我に返ったらしい。
見事に吹き飛んだ台所の壁からアタフタと中へ入り、床に倒れた少年の
体へとりすがった少女をふりほどき、
「す、すまなんだ! ついその、アレじゃ! お前を殺すつもりは…
おお、ジャファル!!」
自分がその体を抱きしめて、涙に咽んだ。
が、その瞬間、
「じじい…お前は誰だ。俺に触るなっ!」
「ぐぅ…」

思いっきり抱きしめていたため、気を失っていただけだったらしい少年の
拳が、もろにネルガルの鳩尾に入った。
たちまち吹っ飛んで壁に激突したネルガルだったが、そこはそれ、
不思議に不死身な彼のこと、
「ジャ…ジャファル…なぜ…ごほっ!!」
全身打撲で咳き込みながらも、かろうじて身を起こし、少年を見上げる。
「…お前、誰だ。なぜ俺の名前を知ってる」
「え、えと、ジャファル?」
「お前、一体何を言って」
きょとんとした少女の肩はしっかりと抱き寄せ、鋭い目はネルガルへ向けたまま、
「お前のことなぞ、俺は知らん。俺が知っているのはニノと、ソーニャと…
お前以外の人間だけだ」
少年は殺気をほとばしらせた。
「ま、待て。お前、わしを忘れたのか!? 今までお前を育てたのはわし…うわ!」
「失せろ」
必死に言い募るネルガルの頭をかすめ、投げナイフが後ろの壁へ突き刺さる。
「失せんと、どうなるか知らんぞ」
「ひ、ひいいいっ!!」
また、ぴらりと何本かのナイフを懐から出し、ジャファルが言う。
何だかさっぱり分からないけれど、ここは逃げるのが得策らしい、咄嗟にネルガルは
そう判断して、腰を抜かしたまま、四つんばいになってその家から逃げたのである。



「どうやら、記憶喪失のようですわね」
「何」
さっそくその日のうちにネルガルに呼ばれたソーニャは、ため息をつきつき、
言った。
「それも、ネルガル様のことだけ、ぽっかりと抜け落ちているようですわ」
「う…そ、そうか…」
自業自得、とは言え、
(あんまりじゃ)
「いつかは記憶も戻るかもしれませんし、そう気落ちされては…。
それでは私、これで。また経過報告に参りますので」
ソーニャが帰ってしまっても、ネルガルはテーブルについたまま、
顔を上げ得ない。
(どこでどう、育て方を間違えたんじゃろうな。
牙を剥くなら、わし以外の人間へ、と、
あれほど口酸っぱくして…

ネルガル、一人。夜は今日もしんしんと更けていく…。



FIN〜


管理人コメント

ジャファル…恐ろしい子!!
まいまいげっと様から反抗期なジャファルと可哀想なネルガル様のお話を戴きました。
まいまいげっと様のギャクセンスは相変わらず天下一品ですね。
ショボくれたネルガル様のイラストが目に浮かぶようです。
大いに笑わせていただきました。本当にいつもご贔屓にして頂き有難う御座います〜〜っ
 
 
まいまいげっと様の楽しいお話が沢山の「幻桜城」はこちらからどうぞ。 


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