「…あ、私、もうダメ」
厨房の流しに立っていた妻、ニノは、一言そう呟いたかと思うと、ふらりと
倒れかかった。
「お、おい!」
背中にレイ、抱っこ紐で胸にルゥをくくりつけて洗い物をしていたジャファルは、
慌ててその華奢な身体を抱きとめる。
「…眠くて…ごめんなさい」
「構わない。寝ていろ」
彼女の手を肩に回し、小さな寝室へ連れて行くと、ニノはすまなさそうに
彼に詫びを言い、早速寝てしまう。
(…よほど疲れてるんだろう)
きっと産後の疲れが抜けていないに違いない。思いやり深くそう納得して、
ジャファルは子供たちを風呂へ入れるべく、湯の準備を始めた。
(…待てよ)
ハイハイどころか伝い歩きも始めているので、どこへ行くのか目が離せない。
双子の片割れ、ルゥを自分の胸から降ろして、紐でその腰と自分の腰を
つないで、ふと彼は思った。


ジャファルの子育て奮戦記  そのB


(今日は俺が2人を一緒に入れるのか)
家の裏で釜に薪をくべながら、ふとそれに気づいて、彼は思わずぞっと
肩をすくめた。
いつもはニノがルゥを、自分がレイを入れているので、おそらくその大変さは
半分ずつだ。だが。
(…まあいい。何事も『成せば成る』というからな)
てんとう虫を口にいれようとしているルゥを抱き上げ、背中でどうやら
またナニをしたらしいレイにため息をつきつつ、彼は家へ戻って
風呂に入るべく、準備を始めたのである。



(人肌くらいの温度…)
そして湯を沸かしたのはいいのだが。
ニノは、いつもどうやら、風呂の温度をちゃんと測って入っているらしい。
でないとルゥが泣き喚くから、ということらしいのだが、
(はて…どうしたものかな)
実はいつもレイと入っているときは、適当に自分のすきな温度
で入っている彼は、温度計片手に途方にくれた。
「考えてみれば」
そして脱衣場で2人を降ろし、途端にあちこちへ動き出す彼らを
で止めつつ、ジャファルは服を脱いでぽつりと呟く。
「レイ。お前って本当はとてもいいヤツだったんだな」
オムツの隙間から馥郁たる香りを漂わせる片割れを
抱き上げ、服を脱がせて、まず彼を風呂場へ下ろし、扉を閉めた。
「そうだ。俺の入る風呂の温度に、一度も文句言ったことないからな。
ほら、次はお前だ」
そしてニノそっくりの大きな瞳で微笑むもう一方、ルゥを抱き上げて
服を脱がせ、抱っこしたまま風呂場へ入る。
入った途端、中の光景を目にしてジャファルは固まった。
ぱしゃん、ぱしゃん、と、湯船につかまり立ちをしたレイが、小さな手で
中の湯の表面を弾いて遊んでいる。それはいい。それはいいのだが。
「お前っ!」
よく見ると、なんだかその小さな手のひらが茶黄色い。
その意味するところに気づいて、危うくルゥを落っことしかけ、慌てて
ルゥを風呂場の床にそっと降ろし、ジャファルはレイを湯船から引き剥がした。
「汚れたケツ触った手を、湯の中に突っ込むなっ!」
怒鳴ったところで意味が無いのは重々承知している。だって、やっぱり
レイは、フテ目でにらみ返してくるだけなのだから。
仕方が無いので、ジャファルはため息をつきながら、レイが
触れた辺りの湯をとりあえずすくって捨てた
(←こんなことしても意味ないと思うけど)。

そして、
「ほら、洗ってやっからじっとしてろ」
双子を自分の前に並べて座らせ、同時に頭のてっぺんから洗っていく。
それがなかなか楽しいらしい。きゃらきゃらと声を上げて笑いながら、
双子たちは自分を見上げている。
…可愛いやつら。
今しがた抱いていた殺意をけろっと忘れて、ジャファルは
思わず口元に笑みを浮かべていた。
「目、閉じてろ」
…自分の手は、こいつらに比べたらこんなにも大きかったんだ。
少々のくすぐったさを覚えながら、小さい彼らの目に蓋をしつつ、その小さな
頭のてっぺんから湯をかけると、コロコロという笑い声は一層大きくなる。
「ほれ、洗ったぞ。入ろう」
あまり可愛いので、ジャファルはその愛らしいルゥのお尻を軽くぺちぺちと叩いた。
だがその途端。
「…お前…俺を殺す気か」
まさかルゥにまで、似たような攻撃をされるとは思わなかった。
風呂場に響き渡る小気味よい音をルゥのお尻は立てて、自分の顔面に
なんともいえない馥郁たる香りをぶちまけたのである。
「…まあいい。ほれ、冷えっぞ!」
なんだか蒸気にまみれてその空気が湿り、よりその香りが拡散している
ような気がする。
だがなんとか気を取り直し、双子を両脇に抱えて、ジャファルは湯船へ
つかった。
「♪〜♪〜(←意味不明)」
「##×△A♪〜(←やっぱり意味不明)」
「お前ら…ご機嫌だな」
しばらくそうしてつかっていると、双子たちはよほど上機嫌なのか、
よく回らない舌で意味不明な歌を歌いだす。
そしてやっぱり今しがた抱いた殺意を忘れて、
ジャファルはその口元に笑みを浮かべるのだ。
(…こういうのも、悪くない)
双子たちを両手に一人ずつ抱いて、一介の父親としての幸せを
噛み締めていた彼だったが、
「…ん?」
ルゥを抱いているほうの腕に、ジャファルは違和感を感じた。
ぽこぽこ、と、小さな泡がルゥのお尻の周りで発生したかと思うと、
「……!!」
気のせいかと思った。気のせいだと思いたかった。だが、自分の前に
漂い来るその物体は、否応なしに彼に冷酷な事実を告げる。
「上がるぞ!」
そして慌てて双子を両脇に抱えて、ジャファルは、飛び出さんばかりの
勢いで湯船から出たのである。



(…後ですくっておかないとな…)
それでも上機嫌な双子の身体を拭いてやりながら、ジャファルはげっそりと
ため息をついていた。
そしてやっとこ双子を寝かしつけて、風呂に戻ってきた彼の目には、
湯船にプカプカと浮く、ルゥの尾篭なる物体が映っている。



FIN〜




管理人コメント

またも、まいまいげっと様からSSを戴きました〜。今度はお風呂…実体験を元にされているという事は…こんな事があったんですか? なにやら苦労がにじみ出ているようです。 お気に入りは、足で子供の動きを止めるジャファルですね。 想像すると微笑ましくて思わずにんまりしてしまいました。
まいまいげっと様。素晴らしい作品を有り難うございます。

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