愛に強さを    〜FE烈火の剣  ジャファニノ ED後〜



「            」
言葉を切って、ニノは微笑んだ。その笑顔をジャファルは呆然と見上げた。
視界に入るのは、ニノの青い瞳、緑色の髪、その背後に広がる青い空。
ニノの膝に頭を乗せて、身動き一つ取れないまま、ジャファルは言葉を探した。
右手の中には銅貨の詰まった皮袋がある。
たいした額ではない。二人で数日食べれば無くなってしまうようなはした金。
そんなものを得る為に身体中には動けなくなる程の傷が抉られている。
人を殺さずにいるのは、存外に難しい。
あれほど簡単で確実な方法は無い。背後から狙われる事もなく、口封じも完璧だ。
だが、もう二度とそうはしない。それが間違った道だと二人で話して決めたからだ。
自分達で決めたから、必ず守る。命をかけても。
だから、こうして身動き一つ取れなくなって、ニノの膝に抱き締められて、
今回は大丈夫だろうが、いつかは二度と動けなくなるだろう。
そんな事は予測済みだった。
だから余計に、戸惑った。
「………それに何か意味があるのか?」
平淡な声だった。自分でも驚くほどに。少なくともニノに向ける口調じゃない。
ニノにだけは、もっと感情を込めて話したいと願っているのに。
困惑するジャファルの心を正確に読んで、ニノはジャファルの頭を胸の中に抱き締める。
「意味…は、無いよ、きっと」
大好き、と耳元で続ける。大好きだよ、ジャファル。ねぇ、こういう言葉に、意味を
求めても無駄だと思わない?と囁く。

ジャファルの身体から漂う血の臭いが、嫌でも現実を告げている。



すまない、とジャファルは言った。
どうして、とニノは聞いた。
今日は、二人が出会ってから何年目になるのだろう。

二人きりで生きる、という言葉はとてもロマンチックだ。
愛しい相手と手を取り合って、世界中を旅して生きる。
星を天井に、大地を床に。この世界そのものが二人の家。
それはなんという甘美な夢だろう。お互いの手の温もりがあれば、それ以上に
必要とするものなんて何があるだろうか?

ジャファルは、心底そういう夢を見れる男だった。
いや、彼には今以外の想像など無いのだ。ニノと出会うまでの彼には心が無かったの
だから。
想像は。
―――希望は、夢は、恐怖は、絶望は、
心が感じるもの。
心の無い人間には、ただ一点の今があるだけで、その一点には、過去も無く未来も無い。
真っ暗な平安の世界の中、ただそこだけスポットを浴びたように今がある。
足元も見えぬ闇の中に突き出た針の上に立つように、今の上に居るだけ。
ニノと出会う前は、それがジャファルという名の男だった。
ジャファルが思い出と呼ぶものには、全てニノの木霊がある。
過去のニノの姿だけが、ジャファルにとって意味がある。それ以外を覚えておく必要など
認めない。
ジャファルが望みと呼ぶものには、全てニノの存在がある。
明日、明後日、そしてこの先ずっと。ニノがいなければ意味が無く、ニノがいるからこそ
意味があるのだ。
ジャファルとは、そういう男だった。
それは誰よりも強いという事であり、この世の何者よりも弱いという事なのだ。

ニノは、失う痛みを知ってしまった少女だった。
喪失から始まった彼女の人生は、愛した者を端から引き毟られる繰り返しだった。
血を分けた家族を、母親と信じた人を、心から慈しんでくれた人達を。
どれほど祈っても願っても懇願しても。
なんの変わりも無かった。全てが定まっていた事のように、それらはニノを擦り抜けて
消え去って行く。
どれほど泣いただろうか。泣いても何一つ変わらなかったが、その度ニノは泣き続けた。
どうして涙が尽きないのか不思議だった。頬を伝い落ちるそれが心から来るのならば、
ニノの心とはきっと海のようなものなのだろう。涙となって零れた分がまた心の中へ
降り注ぐのだ。
ニノは、本当ならば愛する事を止めるべきだった。
愛するだけ苦痛を味わうのだと知るべきだった。
だが、ニノは。
この小さな身体の中に凄まじい魔道の素質と何者にも侵し得ぬ優しさを秘めた少女は、
愛する事のもう一つの面を忘れたりはしなかった。
だからこそ、彼女は強い。
痛みも、喜びも、苦しみも、幸せも、
全てを受け止めて前へ進む事が出来る。それがニノという少女だった。

だから。
二人が出会って、二人きりで生き始めて何年目かの日、ニノはジャファルに
言ったのだ。

「あたしと結婚して」
身動けぬほどの傷を負って、ニノの膝に頭を乗せたままジャファルは呆然とその言葉を
聞いた。いつか確実に野垂れ死ぬと分かっている彼にとって、それは想像も許されない
事だと思った。
ニノはそれ以上何も言わなかった。ただジャファルを見詰めて柔らかく微笑んだ。
ジャファルは止まった思考を必死で動かして、短い時間で築き上げた心の中を掻き回して
最適な言葉を探した。
「…すまない」
その言葉が、出てきた。
「どうして?」
ニノは聞いた。否定されたとは受取っていない、穏やかな問い返しにジャファルは
息も出来なくなるくらいの苦しさを感じた。
「俺は死ぬ。犬のように惨めにだ。それで釣り合いが取れる男だ」
ニノは笑顔を消して、ジャファルの言葉を待った。
「ニノが好きだ。ニノしか愛した事はない。だが、お前を幸せに出来ない」
「幸せって、意味を分かっているの?」
ジャファルは首を振った。
「俺にとっては、ニノがいる、と言う事だ」
「あたしにとっては、ジャファルがいる、って事だとは思わない?」
ニノは平然と言って、ジャファルは初めて気付いた事実に目を見張った。
想像も、した事が無かった。
自分が一方的に幸せでいるのだと思っていた。
ニノに幸せにしてもらっているばかりで、彼女を満足に守ってもやれない愚か者だと。
「…ジャファルって、抜けてるよね」
ニノは笑って、そして、急に泣き出した。
彼女の感情の豊かさにジャファルはまだ付いて行けないまま、唇を濡らす涙を
舐めた。
ニノの心が降り注いでいる、と思う。
ニノは泣きながら言葉を続けた。
「死んじゃうなら、余計に、結婚してよ、ジャファル」

指輪なんていらないから。
綺麗なドレスも、一緒に暮らす家も、家族や友人達の祝福も。
そんなの無くたってどうって事無い。
―――明日、どうなるのかだって、分からなくたっていい。

「あたしの事、愛しているなら、うん、と言ってよ」
ニノに抱き締められる。
視界が消えて、何も見えなくなった世界にはニノの温もりだけが残る。
その中でニノの声だけが聞えてくる。
「一つだけ、約束してくれたら、それでいいから」
ニノは身体を離して、ジャファルを見詰めた。
「…ニノ」
ジャファルは唯一の名を呟いて、ニノの頬に手を伸ばした。涙の跡の残る眦をなぞる。
「俺の言葉は唯一つしかない。初めから最期の瞬間まで、この言葉しかない」
起き上がると身体中の傷が悲鳴を上げた。だが、ジャファルは痛みを感じなかった。
感情の全てが、ニノが握っているのだ。
「愛している」
口付けている間に、ニノの両腕がきつくジャファルの背を抱いた。
ジャファルはニノの髪を撫で、腰を抱いて引き寄せた。
「俺を、幸せなままでいさせてくれ」
「……一つだけ、約束して」
囁いて、ニノは夢見るように微笑んだ。
「明日の事も、一年後の事も、どうだっていいけど。3万日後の今日、ここでキスして?」
「ニノ?」
「どうなっても。離れ離れになっても、死んじゃっても。それでも約束してくれる?」
「…分かった」
ジャファルは頷いた。ニノは笑った。




管理人コメント

またも「Sky High」のはねこさまから、3万ヒット記念に配布されていたSSの掲載許可を戴いてしまいました。本当に有り難う御座います!!

ジャファルとニノの互いを思いやる優しさ。幸せな雰囲気。読んでとても暖かな気分になりました。 終始膝枕というのも非常に素晴らしいです!!

そして、幸せの中に切ない雰囲気が漂うのが、ふたりの関係の儚さを示しているように見えて、心に沁みました。

はねこ様。本当に素晴らしい作品を有り難う御座います。ただ、掲載許可を申請してから掲載するまでにだいぶ時間がたってしまったこと、深くお詫び申し上げます。

↓はねこ様のサイトです。素敵なSSがズラリ☆


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