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I believe Love is there
もう会えない、なんて どうして思ったんだろう…。 ◇ ◇ ◇ ふわり、ふわり…と揺らめく光。 真夏の夜にゆらめく幾つかの光に誘われて、ニノは隠れ家を出て歩き出した。 昼間はじりじりと焼け付くような日差しを投げる太陽も今は大地の底に沈み、 夜の水辺には涼しい風さえ吹いている。 その風に乗って舞うように光は揺れる。 「…綺麗。…でも、これは何なのかな…」 ぽつりと呟く。 その声は夏の闇に吸い込まれて、答えるものも無く消えるだけだ。 ―――ジャファルが帰ってこない。 自分の言葉に答えてくれない。 ジャファルが仕事に出かけて、どれくらい経ったんだろう?ニノには時間感覚 さえなくなっている気がした。 頭の中の覚めた部分が、まだ三日しか経っていない、と冷静に告げている。 心の中の臆病な部分が、もう三日も経ってしまった、と叫んでいる。 この世界の中で、二人きり。 ジャファルだけがニノの人生の中で“生きている”。 ほんの少しの友人を除けば、この世界には敵しか残らない。 自分達を憎んでいる人、賞金稼ぎ、残党狩り。もう何年も逃げ続けている。 辛くない訳はないけれど、ニノは悲しいは思わなかった。ジャファルと一緒なら そんな事ぐらい我慢できる。 ―――だけど、もしも。 心の何処かで囁く声がする。 いつもいつも、一時も消え去る事はない。ニノ自身の影のように側に寄り添って その声は囁く。 ニノが笑う時も、泣く時も。幸せな瞬間も、絶望に震える時も。 その声は消えない。 ―――永遠、なんて無いんだよ。覚えているよね? 忘れる訳が無い。 忘れてしまえたらきっと楽だろうけれど、ニノは決して忘れない。あの日々を忘れる 事は、ニノがニノ自身である事を止めてしまうのと同じ事なのだから。 兄ちゃん達。ラガルトのおじさん、黒い牙のみんな。……そして、ソーニャ…。 いなくなってしまうなんて、想像する事も出来なかったのに。 でも、終わる時はやってくる。 どんな願いにも、どんな物語にも。 「……確かにそうだけど。でも」 突然、声をかけられてニノはびくりと竦み上がった。 どこまで来てしまったのだろうか?反射的に振り返ってみたが、夜の闇は たった今歩いてきた道さえ覆ってしまっている。 それほど深い闇の中で、だが、その場所は眩いほど明るい。 ぽつりぽつりと空を舞っていた頼りない光が、この場所に群舞しているのだ。 まるで渦のように。 光の渦に取り巻かれて、初めて見る青年が立っている。 「…誰?」 驚きと警戒でニノの声は尖ったが、咎めるような響きにも青年は動じなかった。 すっと目を細めるようにしてニノを見る。 冷たく整った容姿はまるで表情を変えないのに、ニノには青年が微笑んだのだと 分かった。 「君が、泣いていると思ったから」 優しい口調でもないのに、青年の声は心に響く。 どうしてだろうか、自分自身の声を聞いているような気がして、ニノは軽い眩暈を 覚えた。 「ねぇ…誰?」 同じ台詞なのに、今度の声には不思議なほど親しみが篭もって、自分でも驚いた。 「…分かるだろう?」 ふと、青年の口調に優しい皮肉が滲む。分からない訳は無いだろう、と問い詰めながら、 分かる訳無いか、と諦めているような。 ニノは胸が潰れるような痛みを感じた。 それは今まで知ったどの痛みとも違う。苦しくて悲しい。でも、それ以上に…。 「…触っても…?」 喉が引き攣ったようで、酷くしゃがれた。青年は小さく頷いてニノに近付く。 青年の動きに合わせて光が渦巻く。 ゆらりゆらりと揺れ動く、蒼白い光。眩いそれは、何の熱も持たない。 ほんの目の前まで来て、青年は少しだけ躊躇った。 同じ色の髪。 同じ色の瞳。 ニノは青年に手を伸ばす。どういうわけか震えて言う事を聞かない指先を腹立たしく 思いながら、青年に手を伸ばし、躊躇って、そして。 目を閉じて、腕を引き寄せて抱き締めた。 一瞬、間が空いて、青年もニノを抱き締め返す。 何の熱も感じない、空虚な抱擁。 抱き締めた存在を確かに感じるのに、この腕に触れるものは何も無い。 「ごめん…、ごめんね。あたしで、ごめんね…」 空気を抱くような虚しさを思いながら、ニノは頬に触れる胸に繰り返した。 自分の鼓動が跳ね返っているような、そんな錯覚さえ覚える同じ存在に。 「違うよ、そうじゃない」 自分よりも背が高い、自分よりもしっかりした骨格、冷淡だが魅惑的な低音の声。 その全てがニノを押し潰す。 「そうじゃない。謝るんじゃないんだ。僕が欲しい言葉は、僕が言いたい言葉は」 青年はニノの頬に触れて、伝い落ちる涙を拭った。 ニノは青年を見上げて、心を込めて微笑んだ。 青年もニノの瞳に静かな微笑を落とし、ふと視線を巡らせた。その視線をニノも 追う。 二人の周りを光の渦が取り巻いている。 「…綺麗。…でも、これは何なのかな…」 ぽつりと呟く。 「魂さ。…死んだ人の魂が、愛しい人の涙で甦る。そんな幻だよ」 青年はニノの身体を離した。焦って追いかけるニノの腕を押し止め、そっと手を握る。 「幻でもいいの。…ずっと会いたかった。ずっと謝りたかった…」 「泣かないで、ニノ。僕が死んだのは君を泣かすためじゃない。君が生きているのは 僕に謝るためじゃない。…僕も、ずっと君に会いたかった」 青年はニノの手を取って歩き出した。導かれるままにニノも歩く。 深い夜は、二人の進む先こそがその底だ、とでも言うように暗い。 だが、青年を包む光の渦が、闇の中で二人きり、互いの姿だけを浮かばせている。 「ねぇ、ニノ。全てにいつかは終わりが来るけれど、それを怖がらないで」 「…でも、怖いよ。あたしには……ジャファルしかいないもん」 まるで今までずっと一緒に生きて来たように。 二人の間で通い合う心と記憶。 穏やかで優しい、なんて心地良い時間なのだろう、とニノは切なく思った。 終わりはやってくる。どんな事にも。どんなに美しくても幻は消える。 青年はニノを振り返って、反対の手でニノの頬を包んだ。 「遠いいつか…、君が終わる時は、僕が迎えに行く。これだけはジャファルにも 渡さない。だから、次に僕に会う時まで、精一杯愛して、生きて」 青年は身を屈めて、ニノの額に口付けた。 ニノは背を伸ばして、青年の頬にキスを返した。 「その日まで、さよなら、ニノ」 「約束だよ…。……カイ」 ニノは目を閉じた。 光の渦が大きく揺れて、大波のようなざわめきとなってうねり高まり、 爆発した。 闇夜の中に、一瞬、蒼白い炎が燃え立って、そして、ただの闇へと戻って行った。 「ニノ…?」 蛍が、闇の中で燃え立つように見えた。ニノがその中に立っている。 蒼白い光はふわりふわりとニノの周りを飛んでいたが、やがて一匹、また一匹と 離れて行った。 「ジャファル…?」 ゆっくりと目を開いて、ニノはそこに愛する人を見付けた。 「ジャファル!…ジャファル!」 バシャバシャと水辺のぬかるんだ地面を蹴って、その胸の中へ飛び込む。どっしりとした 確かな存在感で、ジャファルはニノを受け止めた。 伝わる体温と、驚きで跳ね上がった鼓動。 ニノは生きている存在を抱き締めて、世界が息を吹き返すのを感じた。 「カイに会ったの。ジャファルの所まで連れてきてくれたの」 殆ど独り言のように呟いて、ニノはジャファルを抱き締めた。 「信じてくれる?…それでね、ジャファル、あたし、本当にジャファルを愛している」 「…ニノ…?」 無表情なジャファルの頬が赤くなったのが分かるのは、ニノだけだろう。 照れと戸惑いで視線が泳ぐジャファルの首に手を回して、ニノは強く引き寄せた。 「あたしを愛して?…ずっと、だよ」 「…当然だ」 迷いも無くジャファルは断言した。 ニノは伸び上がって、ジャファルに口付けた。誓いのように優しいキスを。 ニノは分かったような気がした。終わりは、全てが消え去ってしまう事ではないのだ。 全てが終わってしまっても、確かにそこに残るものがある。 心の中で囁く声は、決して消えないけれど。 それが心を押し潰す事は、きっともう無い、とニノは思う。 愛している限り、ずっと。 |
管理人コメント はねこさまの「Sky High」にて、残暑見舞いとして配布されていたSSを頂いてきてしまいました〜。 ニノの双子の弟「カイ」を題材に扱ったSSは珍しいのではないでしょうか? 相変わらずの魅力的な文章には ついつい引き込まれてしまいます。そして、ジャファルとニノのラブ率が高いのも管理人には嬉しい限りです。 はねこさま、素敵なSSを有り難う御座いました。 ↓はねこさまのサイトはこちらです。 |