心はいつも、寄り添って




「……あれ?」
ニノは隣を歩くジャファルを見上げ、不思議そうな顔をする。
「どうした、ニノ」
ニノはジャファルの問いなど耳に入らないといった様子で、ブツブツと呟きながら、背伸びしてジャファルの髪に触れたり、通りすがりの人たちと見比べたりして、しきりに何かを測っている。
好奇心が強いニノは、こう言った突飛な行動をする事が多かったので、ジャファルは黙ってニノの好きなようにさせることにした。

「……やっぱり!」
何かの結論が出たらしい。
どうしたと、再び問うのもしつこいように思われたので、ジャファルは大人しくニノの言葉を待つことにした。
「ジャファル…背…伸びたでしょ?」
「背…? ああ、そうだな」
確かにニノの言うように伸びたと思う。
素直に頷くとニノは「いいな〜」と酷く羨ましがった。

同じ年頃の誰より…更にはエリウッド軍で誰よりも身長が低いニノは、実はその事をとても気にしていて、少しでも背が高くなるよう牛乳を飲む等して彼女なりに努力しているのだが、今のところ特に変化は無く、内心落ち込んでいたのだ。

「ね、ね、どうやったら背が伸びたの?」
「いや…特に何も」
「えー、なんかずるいなぁ」
ニノは口を尖らせながら、ジャファルの身長が初めて会った頃…一年ほど前と比べて、格段に伸びているとしみじみ思っていた。

ジャファルのことはずっと見てきた…
初めて顔を合わせた時から気になっていたから。
そんな彼は確か、当時、女性にしては長身の部類に入るソーニャやウルスラと同じくらいの背丈ではなかったか。
そして黒い牙の男性たちの中では小柄なほうだったはず。
今も長身揃いの軍隊の中では小柄に分類されるだろうが、それでもニノと並べば彼の背が随分伸びたということが分かる。
ニノの背ではジャファルの肩にも届かないし、胸がやっとというところ。
ニノの身長が縮みでもしない限り、ジャファルの背が伸びたとしか考えられないのだ。

「いいなぁ…あたしももっと大きくなりたい。ジャファル! ねえ、コツみたいなのってないの?」
なんだかジャファルに置いていかれてしまったような寂しい気持ちがニノを動かす。
ジャファルは少し考え込むように顎に手を当て、視線をさ迷わせた後、申し訳なさそうに首を横に振った。
「……やはり思い当たる事はない。それに、俺としては逆に、これ以上身長が伸びたら困るんだ」
「え?」
皮肉な事に、ニノが羨ましがることはジャファルにしてみればあまり好ましくないものだった。
諜報や暗殺等の裏の仕事を得意とするジャファルにとって、大柄だという事は、欠点と同意語となる。
そもそもジャファルは、赤子の時にネルガルに拾われ、彼の手駒として教育を受ける際、暗殺や諜報等を行うのには小柄な方が都合が良いと、身長が伸びるのを食事制限や、時には怪しげな薬品まで使用して抑制されて育った。
それが黒い牙に派遣されて以降、そういった規制が緩くなり、また、たまたま成長期であったのか、彼の背は格段に伸びた。
敏捷性、瞬発力、跳躍力等は小柄な方が秀でるもの。
代わりに力や胆力は増したが、それらの能力を損なわないようにと、血の滲むような鍛錬が必要になった。
お陰で比類ない戦闘力は身に付いたが、自分の長所が損なわれる危険性があるため、そろそろ成長が止まってくれないものかと思っていた矢先だったのだから、ニノの問いは、彼女にまるで悪意は無かったとしても、ジャファルにとってはとても皮肉なものになってしまったのである。
そう、仕事が「出来る」「出来ない」はジャファルの存在価値そのもの。身に染み付いた何より優先される事柄だ。
例えネルガルと袂を分かったとしても、その意義が変わることはない。

「そう…なんだ……」
ジャファルがそんな悩みを抱えていたとは思わず、ニノは顔を曇らせる。
ニノにそんな顔をさせたかった訳じゃない…ジャファルはニノの頭をぽんぽんと撫でた。

「お前はどうして背を伸ばしたいんだ?」
「あたしは…」
ジャファルの話を聞いた後ではちょっと言い出しにくくなり、ニノは言葉に詰まった。
けれどジャファルはニノの言葉の続きを待っている。
ニノはニノなりに真剣だったのだろう…だからジャファルはその理由が知りたかった。

「あのね…」
ニノは戸惑いながらも話し始める。
それは、他人からすると些細な願いだった。
ジャファルと釣り合うようになりたい…。
それがニノの望み。

ジャファルと話をする時、もっと身長が高ければ顔が近くなって嬉しいのに。
ジャファルと並んだ時、もっと身長が高ければ誰から見てもお似合いと言われるのに。

話し終えたニノが顔を上げると、ジャファルは少し驚いたような表情を見せた後、そうかと頷いた。

「なら、話す時はこうすればいい」
ジャファルは軽く膝を折って身を屈め、ニノと視線を合わせる。
息がかかるくらい近くになったジャファルの顔を見つめ、ニノの心臓が跳ね上がった。
美形と言う印象はないが、堀の深い整った顔立ち。
意外に長い睫毛に気付き、ニノの鼓動は更に早さを増してゆく。

離れて寂しいなら、近付ければ良い。

ジャファルの発想はそんな単純極まりないものだったが、そこに在るニノを想う純粋な心は、少女の根底に根ざした寂しさを氷解させ、代わりに暖かい想いで満たす。

「そんなに慌てなくても大丈夫だ。俺はずっとお前の隣に居る」
思いがけない甘い言葉。
ニノは何か答えなければと口を開きかけるが、あまりの嬉しさと、どうしようもない恥ずかしさに言葉が出ず、ただ頷く事しか出来なかった。

「それにニノ。もしお前の身長が高くなっても、低いままだったとしても、ニノはニノだ。俺も変わらない。ニノが大事な俺のままだ。だから安心しろ」
普段からは考えられないくらい饒舌なジャファル。
だが、その言葉は特に飾ったものではなく、彼の純粋な心を正直に表したものだった。


「うん…ありがとうジャファル」
彼の優しさにニノは幸せな気持ちになれた。
たとえ見上げる顔が少し遠くなっても心は近くにいるから…
手を伸ばせば、ちゃんと届くから…

「行くか」
「うん!」
差し出された手をニノは掴む。
掌からジャファルが離れていないと感じられる。
そして気付いた…繋いだ手の高さがちょうどよかったと。
「あ」と思わず笑顔になって見上げると、ジャファルも同じことを感じていたのか微笑を返してくれた。
並んで歩く二人の姿は幸せそのものだった。






あとがき


故子です。
前回の更新から随分と間が開いてしまいすみません。
ネタが尽きたわけでも、ジャファニノ愛が尽きたわけでもないのですが、中々時間を取れなく……。これからはかなりゆっくりしたペースの更新になると思いますが、お許し頂ければと思います。

駒緒です。
故子さんの言う通り久々の更新となってしまいましたが、同盟4周年ありがとうございます。
ジャファニノの身長差は萌え要素でもあるのですが、ニノ的にはコンプレックスになってるんじゃないかと思います。
ジャファルもジャファルであまり身長が伸びると困るみたいですし…
そんな感じのSSでしたが読んでくださってありがとうございました。



2008.11.22