| 初恋 どうしんだろう? あたし…病気になっちゃったのかな? ジャファルが視界に入る。 それだけで心臓が跳ね上がって鼓動が激しくなり、呼吸も荒くなる。 「ニノ」とその低い声で呼ばれれば、頭に血がのぼり、頬が熱くなる。 ジャファルが側に居れば落ち着かないのに、たまに居なくなると、不安に押し潰されそうになる。 そして気が付けば、ジャファルのことばかり考えている。 こんなことは初めてで、どうしたら良いか分からないニノは困惑していた。 誰かに相談しようにも、エリウッドの軍に加わってから日が浅く、それほど親しい人も居ない。 ニノはただ、胸の内の感情を持て余し、困り果てていた。 きっかけは先日…黒い牙との最後の戦いが終わった直後。 今まで仲間だと…どんな時でも信じ合える、家族の一員だと思い込んでいた黒い牙の皆に「裏切者」と刃を向けられ、おまけに義兄と死別したニノは一人、勝利に喜ぶ皆に水を差さないよう、離れた場所で泣いていた。 そんなニノを心配し、見守ったのはジャファル。 彼は気の利いた事は何も言わなかったけれど、確かな思いやりの心で、崩れそうなニノの心を包み、支えてくれた。 そして、慟哭の時が過ぎた後、ニノは何故か気恥ずかしくて、ジャファルの顔を見れなくなっていたのだ。 そして現在に至る。 本当は出会った時からずっとこんな気持ちでいた。 余裕が無くて気が付かなかっただけ。 あたしの為に育ての親を捨てたジャファル。 あたしの為に命をかけて戦ってくれたジャファル。 あたしの為に怒ってくれたジャファル。 ソーニャや黒い牙の皆に裏切られたのは悲しかったけど、それが思った以上の傷にならないのは彼の想いのおかげ。 こんなに想われるのは生まれて初めての事で、泣きたいくらいに嬉しい。 今なら分かる…彼に恋をしていたという事が。 一度自覚すると、もう駄目だった。 ある日のこと。 輸送隊まで運ぶように頼まれた傷薬や包帯などを抱えたままぼんやりとしていると、ジャファルが向こうからやって来るのが見え、思いきり取り乱してしまう。 その顔を見ただけで、頬がゆでダコのように赤くなるのが自分でも分かった。 だが、気持ちを落ち着かせる事すらできないうちに、ジャファルはもう目の前だった。 「熱でもあるのか?」 ニノの紅潮した頬をジャファルはそう判断したのだが、ニノはぶんぶんと首を横に振る。 「だだだ…大丈夫だよ! あ、あたし、行かなきゃ!」 これ以上ジャファルといると、この激しい鼓動がジャファルの耳に届き、心臓の音もおかしいと心配されるに違いない。 「そ…それじゃ…あっ…きゃあ!」 慌てたのがまずかった。 急に反転したものだから手が滑り、薬箱の中身を辺りにぶちまけてしまったのだ。せっかくの包帯が地面を転がって泥まみれになる。 「手伝おう」 「う…うん、有り難う」 申し訳ないような居たたまれないような気持ちを押さえつつ、ジャファルと一緒に片付けをする。 その時も偶然ジャファルの手に触れてしまい、きゃっと悲鳴を上げて尻餅をついたりと、やることなすこと失敗ばかりだった。 「ニノ?」 ニノの様子がおかしい… ジャファルが彼なりに心配した顔をしていたので、ニノはなんでもないのと立ち上がった。 自分の顔を覗き込んでくるジャファルの優しさを感じ、ニノはまた胸の鼓動が高まるのを感じる。 「ありがとう、ジャファル」 ようやく拾い上げた傷薬と包帯を手に、ニノはパタパタと駆けていく。 ジャファルはその後ろ姿を見えなくなるまで見送るのだった。 「…睫毛、長かったな」 輸送隊に荷物を届けた後、ニノはさっきのジャファルの顔を思い出していた。 意外とまじまじと見ていたらしく、ジャファルの端正な顔立ちを思い出してはまた頬を染める。 窓辺に頬杖をつき、外を見る…夕焼けの中にジャファルの姿を見つけ、ニノは彼に見とれていた。 このままずっと、ジャファルを見ていたい…そう願って。 これが恋なんだ… 想いすぎて夜も良く眠れない。 ドキドキと高ぶる胸の中は、いつもジャファルの事ばかり。 初めての感情にニノは振り回されていたが、それは不快ではなく、寧ろふわふわとした心地の良いものだった。 次第に軍の人たちと仲良くなり、交遊関係も広がったが、それでもニノにとってジャファルが一番に優先する特別な存在だという事に変わりはなかった。 親しくなった人の中には、お節介にもニノがジャファルのような暗殺者と共に居るのを危険だと忠告してくる人や、あからさまな悪口を言ってくる人も居た。 事実、この軍におけるジャファルの立場は悪く、影では嫌がらせ行為を受けているようだった。 そうやって冷たい言葉を浴びる度、「違う」と言葉足らずではあるが必死で反論した。 「仇を取りたい」「恩を返したい」そんな自分の我が侭の為に彼が辛い立場に在るのが嫌だったし、自分にとってジャファルがどれだけ大切な人かを知って欲しかった。 暗殺者だからって何でこんなに蔑まれるのだろう。人を殺めるのは、この軍に居る皆もしていることなのに… ジャファルはね、本当は違うの。凄く優しくてあったかくて… 彼を…ジャファルを守りたいと思う。 そしてまた一つ、新たな感情を覚えた。 必死で友達や理解者を増やして、ジャファルを認めて貰えるように努力した。 その甲斐あって僅かではあったけれど、ジャファルを理解してくれる人も出てきた。 それと時を同じくして、ニノは初めて知ることとなる…嫉妬という感情を。 ある時。 ニノと親しい友人の一人が、ジャファルと親しげに会話をしている所に遭遇した。 その時ニノは思わず二人の会話に割り込んで邪魔をするような真似をしてしまった。 ジャファルが他人に理解され、言葉を交わすようになる… それは喜ぶべきことで、ニノ自身そうなるよう努めてきたことなのに、何故か胸がざわざわする。 ジャファルが自分以外の人と話している…ただそれだけなのに。 誰かを好きになると、こうなってしまうのかな… あたしだけを見てほしい、あたしだけのジャファルでいてほしいって、考えちゃうのかな。 ジャファルに対してこんなにも独占欲があったことに初めて気付いたニノだったが、それをどうすることもできない。 勝手に勘違いして焼きもちを焼いている姿は端から見れば微笑ましいのだが、本人は苛立った気持ちになってしまってすっかり冷静さを失っていた…しかも、元々熱くなりやすい性格のニノだから尚更に。 そうやってニノは、恋を知り、喜びと共に様々な感情に目覚めていった。 恋と言うのは話に聞くほど楽しいだけのものでは無い事を嫌でも理解した。 自分の気持ちに気付いた今になって初めて分かった事が一つある。 それは、ジャファルに預けた両親の形見のペンダントの事。 本当の両親の事を思い出せない自分に、持っている資格がないというのも事実だが、そうやってかけがえのない大事な品をジャファルに預けることで、彼とより親しくなりたいと願う意味もあったのではないかと思う。 だって今、ペンダントを胸に提げたジャファルを見て、安心している自分が居る。 これなら誰が見ても、あたしとジャファルが特別な仲だと分かるから。 そう、これは証のようなものだから。 この気持ちを…ジャファルを好きだと言う想いを彼に伝えたら、ジャファルはどう思うだろう。 「友人」という言葉がニノの足を止める。 ニノがジャファルへの想いが恋であることに気付いたのは、ごく最近のこと。 ジャファルにペンダントを預けた時に「大事な友人」だと認められてから暫くたった後だった。 あの時素直に喜んだ事をニノは悔やんでいた。 あの時この気持ちに気付いていたら、もっと違う反応をしたのに… あれではジャファルはきっと、ニノの内には友情以外の感情は無いと判断するに違いない。 大事な友人というのはとても嬉しいことだけど、恋に落ちたニノはそれだけではもう物足りなかった。 この想いを伝えたい…そう思っても、今まで一番に好かれた経験のないニノは決定的に「自信」と言うものに欠けていた。 もし迷惑だって思われたり、拒絶されたらどうしたらいいのか分からない。 みんなに続いてジャファルまで失ったらもう立ち直れない。 ジャファルは絶対に裏切らない。だからそんなことはないと分かっていても、万が一の事が怖くて踏み出せない。 そう、ジャファルに「女」として見られている自信がないのだ。それがニノの足を止めていた。 悶々とした想いを抱えつつ、時間は緩やかに過ぎていく… そうして封印の神殿からオスティアへの旅も終盤を迎えたある日の事。 ニノはいつも通り雑事に追われていた。炊事も洗濯もニノにとっては戦闘に出るより楽しい仕事。 空を眺めるとそこは雲ひとつない快晴で、今日はとても良いことが起きそうな気のする気持ちの良い陽気だった。 「ニノ」 声に振り返ると、そこには何か思い詰めた様子のジャファルの顔。 「この間の話だが…」 そう切り出すジャファルは何を言うつもりなのだろう。 「なに?」 この間の話とは、ペンダントのこと?大事な友人ということ?ずっと側にいるということ? …ニノの心の中で期待と不安が入り交じる。 初めて知った恋心… この想いはジャファルに届くのだろうか。 ジャファルがゆっくりと言葉を続けるのを、ニノは顔を上げて聞く。 その先はいつしか、二人の恋物語となる――― あとがき 故子です。 今回のお話は、支援B〜Aへ移り変わる、ニノの心情をテーマに書いてみました。 個人的な解釈になりますが、ジャファニノ支援Aのニノの怒りの感情は、ジャファルに対する恋心故と解釈しております。ニノもずっとジャファルが好きで、それでも勇気がなくて告白出来なかったのだろう…と。そんなニノの気持ちを少しでも表現出来たのなら幸いです。 ここまで読んで戴きありがとう御座いました。 駒緒です。 初恋らしく甘酸っぱい感じになるかと思いきや意外とシリアスな感じになってしまいました。 でもニノの心の動きを書けたのでこれはこれでいいのかなと思います。 読んで下さってありがとうございました。 2008.6.24 |