この腕の中に…





―――それはまだ、二人がまだ二人のままでいた頃のお話。

ジャファルが偵察やその他の役目がなくベッドで眠れる夜、ニノは必ずおやすみを言いに来る…
それは、二人の友人以上の仲が公になって以来ニノが欠かさないことだった。
既に恋人同士なのだから同室でいいのではないのかともニノは思うのだが、軍の中に身を置いているということやニノが年齢以上に幼く見られてしまう点から別室で過ごすことになっている。
ニノは少しだけ不満だったが、逆に一緒に過ごせる時間がとても待ち遠しくて、そして嬉しかった。

「ジャファル、入るよ」
ノックの直後にそう声が続き、扉が開く。
特に鍵など付いていない簡素な部屋だ…同室の者はいない。
元黒い牙の『死神』は狭い個室を割り当てられることが多かった。
彼と同室を望む者はいない…せいぜい彼と同じく黒い牙にいたラガルトがからかう程度だろう。
そのラガルトは今夜は偵察に出ているという話だ。

部屋に入ってきたニノは、ジャファルが腰を下ろしているのを見て嬉しそうな笑顔を見せる。
今夜はおやすみが言えると分かっていても急な用事を頼まれてしまう可能性だってあるし、ジャファルに限ってそんなことはないと思うがニノより先に休んでしまう可能性だってゼロという訳でもない。
それに、今夜は部屋を出るのが少し遅くなってしまったから。
ともかくニノはご機嫌な様子でマントを脱ぎ、ベッドの脇に置く。
ジャファルはマントを脱がずにそのままでいるけれど、気にはならない、いつものこと。

でもいつか…マントを脱いで休むジャファルを見れるのかな?

ニノはふと、そんなことを思い、そして一人で恥ずかしくなった。
そっとジャファルの表情を窺うと、そんなニノの様子に気付いてはいないようだったのでニノはほっとした。

ニノは甘えたようにジャファルの脚の間に腰を下ろし、自分の特等席と言わんばかりにジャファルの腕にしがみ付いた。
こうしている時がたまらなく幸せと感じるらしく、ニノは上機嫌だ。
いつものように色んな話をした。いつも通りに話すのはほとんどニノで、ジャファルは頷くばかりだったけれど…
だけど、ジャファルはちゃんと話を聞いてくれている。そしてたまに低い声で言ってくれる言葉が好きだった。

いくらか話をした後、ニノは言うタイミングを測っていたのかしばらく黙り込み、少し改まったように口を開いた。
「ねえジャファル、欲しいものって、ある?」
ニノはいつも思っていた…いつも自分を守ってくれるジャファルに、愛してくれるジャファルに、そして何より自分が愛しているジャファルに贈り物をしたいと。
だが、ジャファルの欲しいものがニノには思いつかなかった。だから、本人に聞いてみよう、と…

しかしジャファルは首を横に振る。
「…何もいらない」

「どうして?本当に何もいらないの?どうして?」
ニノはがっかりしたような声をあげる。

「それは…」
ジャファルはニノの頭に自分の顎を乗せた。

「俺の欲しいものは、今腕の中にあるから」
ジャファルの腕に今あるのは…

「あたし?」
分かりきったことだが、口に出して確認するとどうしようもなく照れてしまう。
ニノは頬を真っ赤にする…耳まで赤くなっていたかもしれない。
ジャファルったらどうしてこんなこと平気で言っちゃうんだろう…ううん、ジャファルだからこそこんなこと言うんだ…そして、その言葉に嘘はないはず。

ジャファルにとって、ニノが自分といてくれる以上の幸せはない。そう信じて疑わなかった。

そんなジャファルがニノは大好きだった。だけど、だけど…

「そんなんじゃダメだよー!」
ニノが口をとがらせて拗ねたように言う。
そう言ってくれるのは嬉しい。嬉しいけど…

ジャファルは欲がなさすぎる、ニノはそう思っていた。

ニノは振り返り、ジャファルの首に腕を回した。身長差のせいか傍から見ると父親にしがみ付く子供のように見える光景だった。

「ニノ?」
「もっと欲しいって言ってもいいんだよ、あたしのこと…」
ただ、こうして一緒に過ごすだけじゃなくて…
こんな状態でいるのだから、キスくらいしてくれないかな、とニノは期待した。

「お前は…何が欲しい?」
逆に問われて、ニノはすぐに返事ができなかった。
「お前の望みが俺の望みだ」
ニノの幸せがジャファルにとって何よりの幸せ。

こんな聞き方をするジャファルのことをニノは少しだけずるいと思った。ジャファルらしいと言えばジャファルらしいが。

「居場所。ジャファルの傍にいること。それから何より…」

「ジャファル」
ジャファルの愛が欲しい。何もかもが自分のもの…そう感じたい。ニノはジャファルにぎゅっと抱きついた。

「お前は、欲しいものがきちんと言えるのだな」
「欲張りってこと?いいもん、欲張りで…」

そういうつもりはなかったのだが…ジャファルがそう思った瞬間、ニノがジャファルの胸に自分の体重をかけた。
ニノ一人の体重を支えるくらい造作ないことだったが、ジャファルはニノと一緒にベッドに倒れこむ。

「あ…ご、ごめんね」
ニノが慌てる。以前、同じようにされたのにジャファルがしっかりとニノを支えていてニノがむくれたことがあった。
こういう場合はおとなしく押し倒されたほうがいいのだろうか…難しいものだ、ジャファルはニノの頭を撫でた。

「好き…」
「俺もニノが好きだ」
「だったら目、閉じて」
ニノの言う通り目を閉じたジャファルは、頬にニノの掌のぬくもりを感じる。
鼻先にニノの吐息がかかり、唇に柔らかな感触が触れた。
唇からもっと深く自分がニノに満たされていく感覚に、ジャファルは心から欲しいものを、知った。
ジャファルはニノの頭を抱いて、その唇を求めた。ニノはうっとりとした様子でジャファルとの口付けに酔った。

―――あたしたちは二人だけど、いつか一人になるの。

いつだったか、そう遠くない過去にニノがそんなことを言っていた。
その言葉の意味を、ニノが真に理解していたかは分からないが、人の噂話である程度は知っているのかもしれない…

「……すぅ」
「ニノ?」
ニノはジャファルの胸の上で小さな寝息を立てていた。
甘い口付けに酔ったのだろうか…ジャファルは苦笑し、「おやすみ」と優しく口付けた。それ以上のことはきっと別の『いつか』。

「部屋に…帰したほうがいいだろうな」
ジャファルはニノの体を抱きかかえ、部屋まで送った。
同室の女の子にくすくすと笑われていることにニノはまだ気付かない。

「ジャファル…」
どうやらジャファルの夢を見ているらしい。いつか、二人で暮らせるようになったら眠るニノを隣で見守りたい…朝までずっと。







あとがき

駒緒です。
烈火5周年記念SS第3弾として、だいぶ前に別の場所で発表した作品を掲載しました。
何だか…ラブ度高めというか一歩間違うと年齢制限とか危険な感じですみません(汗)
でもジャファニノがイチャイチャしてるのは好きなので許して下さい…


2008.5.9