二人の宝物




敵軍との戦闘中。
ジャファルとニノは敵の激しい攻勢を前に孤立を余儀なくされた。
ジャファル一人なら、どれほどの敵に囲まれようと離脱は容易だったが、ニノを連れて逃げるのは困難な状況下にあった。
よって、ジャファルはニノを背後に守りながら敵を殲滅する作戦へと切り替え、ニノに援護を頼むと敵兵の中に斬り込んで行った。

激しい戦いが終わり、辺りに屍が累々と転がる中。無事な者はかの暗殺者と魔道士の少女のみ。
「だ…大丈夫? ジャファル…」
「…ああ、大した事はない」
傷ひとつないニノとは対照的に、ジャファルの体は大小様々な傷を受けて酷い有り様だった。
ニノは癒しの杖で治療を施す前に、先ず傷の具合を確かめる。
ジャファルの体に触れる事により、返り血にすら汚れなかったニノの白い手が血の朱に染まってゆく。
だが少女は気にすることも、気にかけることも無い。
何故ならその意識は全て、目の前の男に向いているのだから。
「良かった…これなら…」
見るからに満身創痍のジャファルだったが、ざっと調べたところ傷は軽傷ばかりのようだった。ニノは安堵のため息を吐いて胸を撫で下ろす。
そう、この傷は全て、ジャファル一人で戦うなら負いはしなかったものなのだ。
ニノは想いを振り払うと、癒しの杖を掲げて意識を集中させ始めた。
その時。

「ニノ!」
それは一瞬の出来事だった。
木影に潜んでいた敵の弓兵がニノに向けて矢を射ってきたのだ。戦闘が終わり、気の緩んだ時を狙っていたに違いない。
敵の気配を察する事を得意とするジャファルではあるが、殺気を持たないモルフとなると感覚は違ってくる。そう、元々彼はモルフの側の人間だったのだから。

唸りを上げて空気を切り裂く音から矢の位置を割り出したジャファルは、思うより早く行動に移った。
強くニノの手を引いて抱き止める。それと同時に、ジャファルの腕に熱い衝撃が走った。
矢が通り過ぎた時に腕を掠めたのだ。
その次の瞬間。
ジャファルの視界に色とりどりの何かが四散する様が、まるでコマ送りように写った。
それは、ジャファルの右手首に飾られていた木の実で出来た腕輪のものだった。
ばらばらと地面に落ちていくそれに目を向けること無く、ジャファルは黒い外套を翻し、持っていた小刀を弓兵めがけて投射した。小刀は狙いを過たずモルフの急所に突き刺さる。

「行くぞ、ニノ」
伏兵を始末したジャファルはニノの手を取ると、この場から離れるよう促す。
いつまた敵が襲ってくるかも知れない。今のこの状況で再び戦闘になるのは避けたかった。少女の安全の為には、一刻も早く本隊と合流しなければならない。
ニノはそんなジャファルの意図を察して頷くと、繋いだ手を強く握り締めた。
立ち去る時。ジャファルはちらりと背後を振り返る。
「…………」
だがそれも束の間の事で、ジャファルは何かを振り切りように前方へ視線を戻すと、この場を後にした。



激しい戦いにひと段落つき、自軍は慌しく戦況の立て直しに追われていた。
負傷者の治療の手伝いを終わらせたニノは、ジャファルと共に食事を摂ろうと思い立ち、彼に割り振られた天幕を訪ねる事にした。
だが、訪ねてみて驚いた。彼の様子がいつもと違って見えたのだ。
「どうしたのジャファル?」
「…なんでもない」
だが、とてもそうは見えない。
いつも戦闘後は武具の手入れをするなどして忙しいはずの彼が、何をする事もなく天幕の隅に腰を下ろし、膝を抱えている様は不自然だった。
杖での治療が遅れたせいで出血が多くなり、体調が悪くなったとも考えられたが、ジャファルが自らの体調不良を面に出すような性格をしていないと良く知っているニノは、別の可能性を考える。

膝を抱え、俯いて顔を上げない。
自分のことに手一杯で他へ気が回らない。
眉根を寄せた苦渋に満ちた表情。

その姿から連想することは唯一つ。
そう、彼はとても落ち込んでいるように見えるのだ。
こんなこと初めてだった。
「何かあったの?」
ニノはジャファルの隣にしゃがみ、膝立ちをして視線を合わせると、両手で彼の手を取り、その紅い瞳をじっと見つめた。ジャファルは目を逸らさずニノの目を見つめ返す。
紺碧の瞳から自分を労わる優しさを感じたジャファルは、根負けしたようにため息を吐くと、言いにくそうに口を開いた。
「…………腕輪」
「腕輪?」
ジャファルはニノの手首に飾られた腕輪を指差した。
「お前から貰った腕輪を駄目にしてしまった…」
「ジャファル…」
ジャファルはまた俯いて、辛そうに眉を寄せている。

ジャファルが身に着けていた腕輪は、少し前。ニノが友人のレベッカに教わって作った首飾りを二つに分けて、腕輪用に作り直したこの世に二つしかない代物だった。
一つはジャファルの腕に。
もう一つはニノの腕に。
お揃いの腕輪をニノはとても喜んでいた。もちろんジャファルも。
だが、今は一つしかない。
折角のニノの贈り物を壊してしまったという事に、ジャファルは酷く落ち込んでいたのだ。
物に執着するなんて、以前のジャファルからは想像も出来ない事だ。
そんなジャファルを目の前にして、ニノは不謹慎ながら心が浮き立つような気持ちになっていた。
彼が自分の贈った腕輪をとても大事にしていてくれたということ。
そして、その腕輪を無くして落ち込む彼が酷く可愛いということ。
きっと彼は、こんな風に気を落とすのが初めてだということ。
その全てがニノの心に甘美な喜びを沸きあがらせた。
こうしてジャファルの頭を撫でて慰められるのもたまらなく嬉しい。

ジャファルにどうしたら元気になってもらえるかな?

この愛しい人に何かをしてあげたくてニノは考えた。
「ねぇジャファル、ナイフを貸して」
「何に使うんだ」
「いい事だよ」
ニノはジャファルから小刀を受け取ると、自分の手首の飾られた腕輪の紐を断ち切った。
「ニノ!?」
腕輪はバラバラになって床の敷布の上に落ちる。ニノはジャファルに小刀を返すと、床に散らばった木の実を一つ一つ丁寧に拾い始めた。
「腕輪、また作るよ。ごはんを食べてから森に木の実を拾いに行こう」
「それは構わないが、ニノ…何故自分の腕輪を…」
ジャファルにはニノの行動の意味が分からなかった。
「だってジャファルとお揃いの腕輪がいいんだもん。今から拾いに行く木の実と、この木の実を混ぜて作れば、またお揃いの腕輪ができるよね?」
ニノは微笑む。
まだ幼いはずの少女とは思えない母性を湛えた笑みで。
「そうか…ありがとう…ニノ」
ジャファルの顔はもう落ち込んでいた時のものとは違い、はにかんだような…照れたような…心に残るくらい魅力的な表情をしていた。
壊れたら作り直す…その本質を、彼らは無意識で自覚していたに違いなかった。
やり直せる。何があったとしても。

ニノと新しく作った腕輪は、前のものよりも腕に馴染んで見えた。





あとがき

故子です。
烈火5周年記念SS第二段は、短いライトな話を書いてみました。今回は珍しくもソロ執筆です。
落ち込むジャファルは可愛いと思います。ニノでなくても慰めてあげたいと思うはず。
幸せそうなジャファルとニノが書けて嬉しいです。




2008.5.2