初めてのバレンタイン 「ねぇニノ。今からみんなでチョコレートを作りに行くんだけど、ニノも来る?」 それは寒い寒い真冬の、ある日の出来事だった。 夕食が済んで寛ぎの時間となり、皆で団欒していた時の事だ。 字の勉強をしていたニノは、友人のレベッカに声をかけられた。 「チョコを作るの? へぇ〜楽しそうだね! 行く行く!」 「みんなとは厨房で待ち合わせなのよ。さぁ、行きましょう」 普段から元気なレベッカだったが、今晩はいつも以上に生き生きとしているようにニノには見えた。 早速暖かい部屋を出て厨房へと向かう。 しんしんと冷え込んだ廊下はとても寒くて、二人は身震いするも笑い合って先を目指した。 オスティア城は石造りの建造物だったので、コツコツという二人の足音がやけに大きく響く。 そして、柱に備えつけられた灯りが二人の影を壁へと写し出した。 「でもレベッカ、何で夜にお菓子を作るの?」 しかも皆で示し合わせて… 何か秘密の作業みたいでワクワクするが、考えてみれば色々不可解な事が多い。 そもそもお菓子は出来立てが一番美味しいのだ。夜に作るのは効率が悪いようにニノには思えた。 「だって明日はバレンタインでしょ? 当日の昼間に大人数で厨房を借りる事は出来ないから、みんなでヘクトル様にお願いして夕食後に借りられるよう取り計らってもらったのよ」 「バレンタイン? 何それ?」 「え? もしかして…ニノ、バレンタインを知らないの?」 ニノは頷いた。 バレンタイン…それはニノには聞いた事のない単語だった。 「ねぇ、何話してるの?」 背後からいきなり声をかけられて驚いた二人がふり返ると、そこにはピンク色の髪をツインテール結んだ少女が背筋を伸ばし…いや、ふんぞり返るようにして立っていた。 「セーラさん!」 「こんばんはニノ、それにレベッカ。これから厨房に行くんでしょう? なら一緒に行きましょう!」 「うん!」 「もちろんよ、セーラ」 三人に増えて賑やかになった一行は、並んで歩き出す。 「でもニノ…驚いたわ、まさかバレンタインを知らないなんて…」「え? ニノ、あなたバレンタインを知らないの!?」 ニノがレベッカの問いに答えるより早く、セーラがずいと身を乗り出して会話に口を挟んだ。 バレンタインは女の子の常識。 それを知らない子がいるなんてセーラには信じられなかった。 「う…うん、良かったら教えてくれる?」 セーラのテンションの高さにちょっと怖じ気づいたものの、興味を駈られたのは確かだ。 「分かったわ! よ〜く聞くのよ、ニノ!!」 ニノに請わたセーラは「任せて」と言わんばかりに胸をドンと叩いて語り出した。 セーラの話は長かったが、端的に言えばこうだった。 『バレンタインは年に一度。女の子のビッグイベント! 参加の仕方は手作りチョコを作り、想いを寄せる男性に渡す。これだけ。ようは告白する絶好のチャンスってわけよ』 「分かった?」 「うん!」 ニノはコクコク頷いた。 ニノの尊敬するような眼差しに気を良くしたのか、セーラはニノにバレンタインの重要性と楽しさを余すこと無く説明する。時に過剰な表現もするが、レベッカがうまくフォローを入れて事なきを得る。 話が終る頃になると、ニノはすっかりバレンタインの魅力のとりこになっていた。 「へ〜〜そんな日があったんだ。あたし知らなかった」 「ニノ、14年も知らなかったなんて、あなた損してるわよ」 「うん…そうだね…」 ニノは育ってきた環境のせいで、今まで同世代の友人を持った事は無い。 黒い牙に居た頃も、周りに居るのは大人の男性ばかりだった。これでは知らなくても仕方のない話だ。 そんなニノの事情を知る由もない二人は、不思議そうに顔を見合わせ同情すると、ニノの為に全面的に協力する事を約束してくれた。 女同士のおしゃべりは楽しくて、ニノは内心まだ話をしていたいと思ったが、一行はついに厨房へと到着する。 そこには既にリンやフロリーナ、それにプリシラと言ったニノと同世代の女の子達が軒並揃っていた。 「じゃあみんな! 始めましょう」 オスティア城の関係者として、リーダーを気取ったセーラの号令の元、皆は思い思いの作業に取り掛かる。 支給されたエプロンを装備すると、否が応でも気合が入る。ニノの胸はドキドキと高鳴った。 「頑張りましょう、ニノ」 「うん、先生! よろしくお願いします!!」 ニノは初心者だったのでレベッカが付きっきりで指導する事になった。 気分は師弟でも、いつも通りきゃあきゃあとはしゃぐ。 その様は普通の少女そのもので、とても凄腕の弓兵と天才魔道師には見えない。 チョコの固まりを細かく砕き、湯煎にかけてトロトロに溶かし、型に流し込む。短く説明するとこれだけの単純な作業だったが、不器用なニノには大変な作業だった。 うっかり鍋の縁に触れて火傷を作ってしまったりして四苦八苦。 それでも皆でチョコレートを作るという事はとても楽しかった。 「ふぅ…」 緊張のあまり浮き出た額の汗を腕の腹で拭いながら周りを見渡すと、皆工夫を凝らしたチョコを作っているようだった。 チョコの中に何かを仕込んだり、量をたくさんこなしていたり、焼き菓子に混ぜたり、中には大きいチョコレートケーキを作るものまで居る。 作業をする少女達の表情は生き生きと輝いていて、眩しいくらいだ。 ニノは自分の手元を見る。 今、自分が作っているチョコレートは何の工夫も凝らしていない至ってシンプルなものだった。 ニノはその事にほんの少しばかり引け目を感じてしまう。 「ニノ、作るチョコは一つだけでいいの?」 「…うん」 しかも、ニノは一つしかチョコを作らなかった。 支給された材料費の事を考えて遠慮したのかもしれない…。そう思ったレベッカは訪ねてみたが、どうやらそうではないらしい。 ニノにはお世話になっている男の人がたくさんいた。 面倒をみてくれるラガルトおじさん、字を教えてくれるカナスさん、おいしいお菓子をくれるマリナスおじさん、それにエリウッド様やヘクトル様。他にも思いつく人はいっぱい居た。けれど、セーラからじっくりバレンタイン講習を受けたニノは、自分の想いの詰まったチョコレートを受け取るべき人間はたった一人しか居ないと思っていた。 「初めて作ったチョコだもん、やっぱり…一番好きな人にだけあげたくて。…ダメかな?」 「そんな事ない、その気持ち…分かるわ」 レベッカはニノと殆ど年は変わらないのに大人っぽい表情をして、ニノの想いを肯定してくれた。 「バレンタインのチョコレートはね、本当に特別なの。だから作る時は普段料理をする時の何倍も想いをこめて作るのよ」 「想いを…こめる?」 「そう、自分の気持をね、甘く溶かしてゆっくり混ぜて、それを形にするの。ほら、こうやって」 そう言いながら溶けたチョコレートを型へ流し込むレベッカの横顔はとても綺麗で、ニノは思わず見とれてしまう。 「あたしにも出来るかな?」 「ええ、出来るわ。好きな人の事を考えればいいのよ。簡単でしょ?」 ニノは真っ赤になって頷いた。 ジャファルを想うことがおいしさの秘訣…それなら大丈夫に違いない。 何でも知っていて親切に教えてくれるレベッカに、ニノはますます憧れた。 「もう大丈夫みたいね…取り出してみたらどう?」 「うん!」 話をしている内にチョコは固まったらしい。 緊張しつつ型から取り出すと、それはニノの心を写し取ったかのような可愛いハート形をして、つやつやと輝いていた。 「うわ〜出来たよ! レベッカ!!」 「おめでとう、ニノ。」 見るとレベッカのチョコも完成したようだ。いくつかの普通の大きさのチョコと、かなり大きめのチョコが一つ。 それはいったい誰のための物なのか。 気になったニノが訪ねようと思ったその時。 「二人とも、がんばってる?」 またも、セーラ登場。 どうやら初心者のニノを心配して様子を見に来てくれたらしい。 頬にチョコレートがこびりついて居る所から、彼女の奮戦の証が見て取れた。 「あっセーラさん、見てみて! 出来たよ、あたしのチョコレート!」 「やったじゃない! これでジャファルの心は貰ったも同然ね!」 既に恋人同士だし「感情そのもの」とまで言われているのだからセーラの言葉はちょっと的外れだったが、ニノは素直に頷いた。 「うわ、セーラさんはいっぱい作ったんだね!」 セーラの持つトレーの中には小ぶりのチョコが一杯に盛られていた。 「ふっ…まあね、私くらいの人気者になると、1人だけにあげると言うわけにはいかないのよ、あーあ、苦労するわ〜〜」 セーラの言葉を素直に受け取ったニノは憧れの眼差しを向けるが、レベッカは「やれやれ」といった感じの苦笑いを浮かべている。 「これからラッピング作業よ、骨が折れるけど仕方ないわよね」 余談だが、このチョコレートを受け取ったルセア以外のものは、すべからずホワイトデーに三倍返しを要求されたらしい… 「あ、ニノ。これあげる」 セーラはエプロンのポケットからナプキンに包まれた白い棒のような物を取り出す。 「なにこれ?」 「ホワイトチョコよ。それを使ってそのチョコの表面にメッセージを書いたら効果倍増よ!」 セーラは景気付けるかのようにビシっと親指を立ててウインクをする。 「本当! …メッセージかぁ」 「セーラ、忙しいんでしょう? 後は私が教えるから作業に戻った方がいいわ」 レベッカの視線はセーラのチョコへと向けられる。本当に凄まじい量だ。これは一苦労するに違いない。 「そうね、こうしちゃ居られない! じゃあね、明日うまくいくようにエリミーヌ様に加護を祈っておくわ!」 ぶんぶんと手を振り早足で去っていくセーラをレベッカとニノは笑顔で送り出した。 レベッカにチョコで字を書くやり方を教わりながらも、ニノの頭はジャファルへの想いでいっぱいになる。 (ジャファル…ちゃんと喜んでくれるかな?) レベッカが太鼓判を押してくれてもニノはやはり不安だった。それは彼女の持つ劣等意識から生ずるものに他ならない。 今は幸せだとしても、過去受けた心の傷はそう簡単に癒されるものではないのだから。 「…ニノ?」 「あ、ごめん…ちょっと気になる事があって…」 ニノは素直に告白する。そう、ジャファルが見るからに甘いものが好きそうではない事を。 それがニノの不安の元だった。 だがレベッカは首を振って教えてくれた。 「ニノ…見て、このチョコレートと同じように自分の想いにもリボンをかけるのよ」 テキパキと自分のチョコレートにラッピングをするレベッカの手付きは流れるように早い。 「心に?」 「ええ、私はね…人に料理を作る時は愛情をこめて作るわ、でもね…それだけじゃダメなの。どんなに愛情を込めて美味しく作っても、それを食べてくれる人に暗い顔をして渡したら全て台無しになってしまう。相手に気持良く食べて貰うには、渡す時の事もとても大事だと思うのよ。」 確かに笑顔で出された料理は美味しい。 黒い牙に来る前、誰かと一緒に食事をする事すら稀だったニノにはレベッカの言いたいことが痛いほど分かった。 「うん、わかった! あたし…そうしてみるよ!」 気持ちを回復させたニノは、ニノらしい花の咲いたような笑顔をレベッカに向けた。 レベッカの言うことはみんなためになる事ばかりだ。今晩も様々な事を教わった。 「ありがとう、レベッカ」 「わたしも一緒にチョコが作れて楽しかったわ。ありがとう、ニノ」 改めて礼を言うと、レベッカも同じように返してくれた。 何だか気恥ずかしくて二人で笑う。 バレンタイン前夜はこうして笑い声と共にふけていった。 翌朝。 城はバレンタインムード一色に変わった。 女の人は皆そこはかとなく綺麗だし、男の人はそわそわしている。 ニノの自室には、ジャファルと二人きりでバレンタインを祝う為の茶会の準備が整えられている。 後はジャファルを迎えに行くだけ。 ニノは胸を高鳴らせながら、早足でジャファルに割り振られた部屋を目指す。 ジャファルは普段外出している事が多くてあまり部屋に居着かないから、ちゃんと室内に残っているか気掛かりだった。 と、その時。 ニノの前方。開けた場所にある渡り廊下の先に見慣れたジャファルの後姿があった。 「よかった、ジャファ……え?」 駆け寄ろうとしたニノの体がピタリと止まる。 良く見ると、彼の体から陰になる所に長い金色の髪をした女性の姿があった。 遠目から見ると、まるで寄り添っているように見える。 ザワリ… 胸がざわめく。 更に近付くと、その女性はジャファルに何かを手渡している所だった。 ピンク色の小さな包み。 あれは… 「だ、だめ!」 ニノは大声を上げると無我夢中で二人の間に割り込んだ。 言うべき言葉も、するべき行動も、もっと別の選択肢があったはずだ。だがこの時のニノはただ一つの事しか見えていなかった。 それは、ジャファルに対する独占欲。 自分以外の女性がジャファルに近づくという事への恐怖が、無邪気で純真だった少女を恋する女へと変えた瞬間だった。 だが… 「あ…あれ?」 ニノはジャファルに抱きついたままの体勢で固まる。 「ニノ、どうした?」 「どうしたんですか、ニノさん?」 突然の事にも動じず平静のままのジャファルの隣に居た人物が、長い金髪を揺らして心配そうにニノの顔を覗き込む。 その人物の顔を確認したニノは、心底驚いた。 「…ル…ルセア……さん?」 金髪の女性…それは修道士ルセアだった。 線が細く、柔らかい物腰をし、まるで女性のような顔立ちしているが、彼は紛れもなく男性。 「あ……ご…ごめんなさいっ」 どうやら勘違いをしてしまったらしい。ニノは慌てて頭を下げた。 その視線はルセアの手元。可愛くラッピングされたチョコレートと思わしき物体へと向けられる… まさか…まさか… ニノの頭を嫌な予感がよぎる。ルセアは男性だ…まさかそんな… 「ああ、これですか? これはセーラさんに頂いたのです。たくさん頂いたのでお裾分けしようと思ったのですが…」 ニノの視線に気付くとルセアは笑って状況を説明してくれた。 勘違いもいい所だ。ニノは真っ赤になって恐縮する。 明らかに女性と間違えてしまった事が分かったはずなのに、ルセアは責める事もせずニノの非礼を許してくれた。 「……?」 その中をジャファルだけがただ一人。状況を掴めずに置いてきぼりを喰らっていた。 「ではこれで…」 渡すはずだったチョコレートを再び懐に戻すと、ルセアは気を利かせて立ち去った。 「ルセアさんっていい人だよね…」 「………」 ルセアの後ろ姿を見送りながらニノは呟いた。 ジャファルにお裾分けだなんて、彼を嫌っていない証拠だ。 この軍にはジャファルに好意的な人はあまり居ない。だからニノはよりルセアの気持を嬉しく思った。 「あっそうだ! ジャファルに渡したいものがあるの! 一緒にあたしの部屋まで来てくれる?」 「今からか?」 ジャファルの表情が僅かに曇る。 「うん……ダメかな?」 「…すまない、今から行かなければならない所があるんだ」 任務と言われては、ニノには何も言えない。 ニノの作ったチョコレートは現在自室のテーブルの上に飾られている。今から取りに戻ってもジャファルの出立には間に合わないだろう。 直接渡すだけなら問題なかったのだろうが、この場合自分の部屋に招いてお茶会をしようという目論見が仇となったと言える。 何てタイミングが悪いんだろう。 ニノはあからさまにションボリとした顔をしてうなだれた。 「午後からでは駄目か? 昼過ぎには戻れると思うのだが…」 「ほんと? うん、あたし待ってる」 気遣いを感じさせるジャファルの言葉にニノは笑顔を取り戻すと、待ち合わせの約束をし、指切りをする。 その後。ニノは城門までジャファルについて行き、手を振って彼を見送った。 一刻も早く帰ってくるように祈りながら… 城内のバレンタインムードは更に上昇しているようだ。 ジャファルが帰るまでする事がなく、暇を持て余して出歩くと、あちこちで甘い雰囲気を醸し出すカップル達を見かけた。 誰しも幸せそうだった。 レベッカも、片思いしているとこっそり打ち明けてくれた男性と一緒に居るのを見かけた。 レベッカはうまくいったのだろうか? 幸せそうな表情をしている所を見ると、どうやらうまくいったらしい。 「良かった…」 邪魔をしてはいけない。 ニノはそっとその場から離れると自室へ戻った。 みんなが幸せなのは良いことだと思うが、ジャファルの居ない寂しさを嫌でも感じてしまう。 ニノは引き出しの中へ閉まったチョコレートを取り出すと、ベッドに仰向けに転がって天井へかざしてみた。 「…ジャファル」 思い出すのはジャファルの顔ばかり。 いつもなら勉強でもする所だろうが、とてもそんな気分になれない。 そうやって暫くゴロゴロする内に、次第にニノの意識には霞がかっていく。 どうやら昨夜遅くまでチョコレート製作に励んだツケが出たらしい。 起きていなければ…という意識は隅へ隅へと追いやられる。 少しだけなら… 夢でならジャファルに会えるかもしれない。 ニノは手にしていたチョコレートをテーブルの上に避難させると、その誘惑に身を委ねた。 「…ん」 強く照る夕日の熱さにニノは目を覚ます。 「え…嘘!!」 跳ね起きて窓へ駆け寄ると、そこには丸い夕日がぽっかりと浮かんでいた。 ニノは呆然とするも直ぐに気を取り直し、ベッドの脇に置かれたチョコレートを手に外套も羽織らず部屋を飛び出した。 「ジャファル…ジャファル…」 なんてドジなんだろう。 思わず泣きたくなるが、堪えて走る。 待ち合わせをしていた中庭の大きな木の下まで来ると、ニノは辺りを見渡した。 ジャファルは何処にもいない。 大声で彼の名を呼ぼうとしたその時。 「…ニノか?」 頭上からジャファルの声が聞こえた。 「ジャファル!」 見上げると、真上の木の枝にジャファルが腰かけていた。 ニノの姿を認めたジャファルはそこから飛び降りて、ひらりと地面に降り立つ。 橙色の太陽を背に漆黒の外套が翻る様が何とも印象的で、ニノの頬は自然に熱くなった。 「遅れてごめんなさい」 「気にするな」 気になっただろうに、ジャファルはニノを気遣って遅れた理由を何も聞かない。 …ジャファルはそんな男だった。 そして、そんなジャファルをニノは大好きだった。 「ジャファル…これ」 「俺に?」 ニノが差し出した包みは、ピンク色の紙で丁寧に包装され、リボンまでかけられている。 「ジャファルのために作ったんだよ」 ニノは直接ジャファルに手渡す。 包みを解くと、そこにはハートの形をした大きめのチョコレートが一つ、入っていた。 「…今日はね、大好きな人にチョコレートをあげる日なんだって。それで…あたし…」 もじもじとしながらニノが言うと、ジャファルは「そうか」と言ったきり黙ってしまった。 しかし、その視線は食い入るようにニノの手作りチョコレートに注がれている。 「ニノ、これは俺の名か?」 ジャファルがチョコレートを指差す。その表面にはホワイトチョコレートで『ジャファルへ』とたどたどしい筆跡で書かれていた。 確かニノは字が書けなかったはずだ。 ジャファルは感動を覚えた。 ニノが自分の名を書ける事に、書いてくれた事に… 「うん…まだ下手だから読み辛いよね…」 「そんな事はない、そんな事は…うれしい…ありがとう、ニノ」 「ジャファル…」 ジャファルが「うれしい」なんて言葉を使うのは、ニノが知る限り初めてだ。 ニノも嬉しくなって更に続ける。 「あたしね、文字を書けるようになったら、真っ先にジャファルの名前を書こうと思っていたの。だからいっぱい練習したんだよ。でもチョコレートに書くのは難しくてうまく書けなかったの…」 興奮のあまり話に脈絡が無くなっていってしまったが、ジャファルは真剣な顔をして聞いてくれた。 「しかし…困った…」 「え、何が?」 「…これを食べたら、ニノの字が無くなってしまう」 確かにそうだ。チョコを食べたらニノが書いた文字も消えてしまう。 しかし、ジャファルに食べてもらう為に作ったのだ、食べて貰えない方が困る。 「大丈夫だよ、確かにチョコは食べたら無くなっちゃうけど、ジャファルの心には残るでしょ?」 「心に?」 「うん、形として消えても心に残れば、もったいなくないよね?」 「そうだな…」 例え消えても心に刻まれていればそれは永遠だ。 ニノの言葉にジャファルは滅多に見せない笑顔を浮かべると、ニノの体を引き寄せて優しく抱き締めた。 健気なニノに愛しさが溢れて止まらない。 ジャファルからのきつい抱擁にニノは目を閉じた。 ジャファルも目を閉じてニノの髪に唇を落とす。 今は真冬。日が落ちればかなりの寒さだ。だが、その寒さは抱き合う相手の暖かさをより引き立てる。 …いつまでもこうしていたいと願う。 そして、その願いが叶うように祈る。 ずっと…いつまでも… あとがき 故子です。今回のお話は、以前同人誌に掲載した作品を加筆訂正したものになります。 しかし…昔の文章をいじるのって凄く恥ずかしい事だったんですね。あまりに手を入れすぎて後半は全くの別物になってしまいました。 それと、毎年繰り返し言っておりますが、エレブ大陸にバレンタインがあるのか?という事は気にしないで戴けると助かります。 ここまで読んでいただき有難う御座いました。 2008.2.13 |