聖歌





「ニノ、寒いか?」
「ううん、だいじょうぶ」
ニノはすりすりとジャファルの体に身を寄せる。
風の強い夜…それも冬の夜となると、恐ろしく冷え込む。
野宿をするのに適当な家屋どころか岩影さえ見つけられなかったジャファルとニノは、薪をたき、身を寄せ合って、押し寄せる寒さから身を守っていた。


ジャファルとニノが黒い牙の残党と賞金稼ぎに追われ、定住出来ない放浪生活を送り始めてから、初めて迎える冬。
それは、他の温暖な気候の時とは比較にならない厳しいものだった。
確かに「辛くないか」と問われて「辛くない」と答えれば、嘘になる生活。
だが、そこには何よりの幸せがあった。
二人が求めていた、想い、想われる人と共に生きる…という幸せが。

ニノはかじかんだ手を暖める為に、ジャファルの手のひらに自分の手のひらを重ね、指を絡める。
暖かい焚火に手を翳すより、ジャファルの手のひらがいい。
ニノがジャファルを見上げ微笑むと、ジャファルもニノを見つめ、表情を柔らかくした。
ああ…何と暖かいのだろう。
ジャファルはニノの手を握り返し、その暖かさを噛み締めた。

「街の飾り付け、きれいだったね」
「ああ」
ニノが言うように、昼間急ぎ足で通り過ぎた街の木々や建物は色とりどりに飾り付けられていた。
そして教会では賛美歌の美しい声が響き…そう、今日はクリスマス。
立ち止まって聞き入りそうになるのを堪え、二人は人目につかぬよう先を急ぐのだった。
そんな街を離れて、二人がいる場所から見えるのは星の輝きだけ。
きらきらと輝く星を見上げて、ニノはこっちもきれいだよと目を細めた。
―――本当なら、この特別な夜は暖かい家の中で過ごしているはずだった。
本格的な冬が始まる前に見つけ、この冬を越すための住処としていた小屋は、数日前、ふとした弾みで黒い牙の残党に見つかった事により放棄しなければならなかった。
また新しい住処を探すにしても、足がつかないようにもっと遠くへ逃げなければならない。
だが、この辛い状況下…それも楽しみにしていたクリスマスをこんな場所で過ごさなければならないと言うのに、ニノはさも幸せそうに笑う。

「ジャファル、そんな顔しないで」
ニノのために暖かい部屋を用意できなかったことを悔やんでいる様子のジャファルの顔に、ニノはそっと手を添える。
「ジャファルがいるんだもん。ちょっとくらい寒くたって平気だよ」
「ああ…俺もニノがいれば充分だ」
ジャファルがそう言ってニノの肩を抱き寄せる。

「そうだ! いいことを思いついた!!」
「いいこと?」
「うん、せっかくの初めてのジャファルと過ごすクリスマスだから楽しくしようよ! クリスマスに歌う歌、前にルセアさんに教えてもらったから…」
ジャファルの返答も待たずに、ニノは歌い始める。その声は澄んだ空気に心地よく響いた。
そしてジャファルの心にも響き、深い感動を与えた。
昼間聞いた讃美歌も、この少女の歌声の前では霞む。
ニノが歌う聖歌は、技巧などない拙いものだったが、この夜をジャファルと迎えられた幸せを感謝する気持ちに溢れていた。
「……どうだった?」
ニノはくりくりと目を輝かせてジャファルに感想を求める。
「よかった。ニノは歌が上手いんだな」
ジャファルに誉められてニノは「えへへ」と照れたように笑う。
幸せそのものといった感じで。

「じゃあジャファルも歌おう!」
ジャファルの歌を聞きたいと子供のようにせがむニノだったが、生まれてこの方『歌う』という行為と無縁だったジャファルはどうしたものかと首を捻った。
「それじゃ、あたしが歌うから、歌えそうだと思ったら一緒に歌ってね」
ニノがまた歌い出す。
何度か耳にした歌だから、どんな歌かは分かる…一緒に歌おうとすればすぐに歌い始められるはず。
だが、自分が加わればニノの歌を壊しそうな気がして僅かな躊躇いの気持ちが沸き上がる。
…と、ニノを見ると『一緒に歌いたいな』という表情で微笑んでいた。
ジャファルの好きなニノの笑顔。
もっと見たい。
もっと見ていたい。
そしてジャファルは、その顔に押されるように口を開き、低い声をニノの声に重ね始めた。

当初、ジャファルはニノの声に音階を合わせながら歌っていたが、少女のニノと自分とでは、声の質に差が有り過ぎた。
ニノの声は高く、ジャファルの声は低い。
ニノと同じ高さで歌う事に無理を感じたジャファルは、自然と低い音階へと切り替える。
するとニノの高い歌声と、ジャファルの低い歌声が混じり合い、綺麗なハーモニーとなった。

重なる声。
重なる手。
重なる心。

思えば、自分にとって『声を出す』という事は、連絡の確認を取る手段にしか過ぎなかった。
頷けば済むことには返事すら必要とせず、何日も無言で居ることなどざらだった。
そんな自分にニノは会話を…『おしゃべり』を教えてくれた。
言葉を受け渡し、そして返して貰うことが楽しい事なのだと教えてくれた。
そして今。ニノから新たに教わった『歌』は、また新たな喜びをジャファルに教えた。

「…なんだかもったいないね」
「…何が?」
歌い終えて満足そうな笑顔の後、ニノが口にした言葉の意味が分からず、ジャファルは聞き返した。
「だって、ジャファルの歌、あたししか聞いてないもん」
「だったら、ニノの歌もだろう?」
ここには二人だけ…二人の歌は他の誰も聞いていない。
「俺の歌はニノが聞いてくれればそれで充分だ」
「あ、だったらあたしも! えへへ…ジャファルからのクリスマスプレゼントだね」
「そう…なのか?」
「うん! ジャファルと一緒にクリスマスを過ごせて、歌が歌えて、楽しいもん」
そのニノの笑顔が何よりのクリスマスプレゼントだ…ジャファルは俺もと頷く。


自分達の歌声は、まだ耳の奥に…心に残っている。
また来年も今晩と同じように歌えたら良いと思いニノを見ると、ニノも同じ思いを込めてジャファルを見つめていた。
どちらともなく、口を開く。
「もっと歌おう」


初冬の凍みるような寒さの中。
二人で寄り添うようにくるまった外套の中。
二人だけの、温かい食事も家も何もない、小さな小さな宴。
だが、凍えそうな体とは裏腹に、その心はとても暖かく、何よりの幸せに包まれる。

祈るような歌声は夜空に溶け、囁くような歌声は張り巡らされた枝葉を揺らす。
いつしか時も忘れて、二人は歌い続けた。

聖なる夜に相応しい歌を。






あとがき

故子です。
今年もまたクリスマスがやってきました。毎年恒例になった、ジャファルとニノのクリスマスを題材にしたSSも3作品目になります。
基本的にウチのジャファルは器用で何事もソツなくこなせるという設定。きっと歌も上手いと思われます。
何はなくても「互いが居れば幸せ」なのだと囁き合い寄り添う二人が書けて満足です。

駒緒です。
クリスマスネタでも色々書けるものですね(笑)
クリスマスに限らずジャファニノはお互いがいればそれだけで充分っぽいですが、寒い季節はますますそんな感じなんだろうな…とか思います。
読んで下さってありがとうございました。


2007.12.23