家族



4、道行き



水はすっかり温くなり、芽吹き始めた緑で木々が賑わい始めた…そんな春の、晴れ渡った空の下。
フェレからアフェランへ向かう街道を、三人は並んで歩く。
一人は楽しげに。
一人は気楽そうに。
もう一人は眉間に皺を寄せて。

「ねえ、あれ見て!」
楽しげに回りの風景を眺めていたルゥが指を差す。そこには大きな荷車が行列を成して道を進んでいた。荷は統一性が無い事から商用には見えないが、とにかく大きい。
「ふ〜ん、あれは疎開してた奴らがリキアに帰って来たんだろうな」
気楽そうに頭の後ろで腕を組んでブラブラと歩いていたチャドが、ルゥの問いに答えた。
エレブ大陸全てを巻き込んだこの戦争で、ベルンに侵攻されたリキアは大きな被害を受けた。
終盤でこそ戦場は他の地へ移ったが、それでも安全な土地へ避難していた人は多い。
きっと彼らはフェレ公子と、彼が率いるリキアの正規軍が帰還するのに合わせて戻って来たのだろう。
「…そうなんだ」
ルゥは彼らと同じように、疎開目的でエトルリアのエリミーヌ教団に保護されている子供たちの事を思い出し、ちょっと悲しそうな顔をする。
レイはその二人のやり取りに口を挟まず、眉間に皺を寄せたままだった。

ぽかぽかとした陽射しが心地よい。
歩く三人の足元には、蕾の綻びかけたたんぽぽが気持ち良さそうに風に揺れていた。
フェレからアフェランへ抜ける道はそれこそ無数にあったが、その中でも特に大きな街道を選んだせいだろう。それからも多くの人とすれ違った。
戦争が終わった影響はあちこちで出始めている。亡くなった人は還らぬものの、時間が経てば戦争の傷は癒えていくものだ。この様子を見る限り、元のリキアに戻るのはそう遠い未来のことではないように思えた。
思えば、こうやって三人で旅をするのは初めての事だった。
気の置けないヤツと旅をするのは楽でいい。
歴戦を経て、その道ではそれなりに名の知れた兵となっていたはずの彼らも、今は元の多感な少年へと戻り、この時を楽しんでいた。
小さな発見もあった。
それは旅慣れたレイの様子。
従軍している時。レイはルゥやチャドが率先して手伝う夜営や食事の準備に無関心で、いつも一人マイペースに自分の時間を過ごしていた。
ルゥも何度か手伝うように言ったのだが、雑事を専門にしている後方支援の人たちが居るのだから、彼らに任せておけの一点張り。その頑固な様子にルゥは、レイはそう言った雑事が苦手か、または単に面倒なのかと思い込んでいたが、それは間違いだったと知る。
そもそもレイは早くに孤児院を出て世界各地を回っていたのだ。最初から軍隊に身を置いたルゥやチャドより、単身での旅に慣れていて当然だった。
火をおこす時も、無闇に精霊に頼るものではないと、自力でつける。
普段は合理的で自分の関心のある事か、または自分の為になることにしか手を動かさないレイの新たなる一面を知ったルゥは、弟の成長に驚き、嬉しく思った。
「…なんだよ」
「ううん、なんでもないよ」
意味ありげなルゥの眼差しに、レイがいぶかしんで首を傾げる。
神経質なレイの気を逆立てぬようルゥはチャドと視線を合わせると、目配せをして小さく微笑んだ。

そうやって旅をする最中にも、三人でこれからの事を話し合った。戦争が終わってからの身の振り方については、昨日今日ではなく、以前から考えうる限りの事は考え、事あるごとに議論していたが、いよいよその時を迎え、話もより具体的に固まりつつあった。
目標は定まっている。
先ずは、孤児院を再建する。
それが三人の一致した目的。
チャドあたりは意外に思ったみたいだが、レイの気持ちは皆と同じく、自分達の帰るべき場所を守りたいと望むものだった。
そのレイは戦後、本来は師であるニイメに同行してイリアに行くはずで、今回はたまたまルゥとチャドに同行することになったのだが、だからと言って彼が情に薄いというわけは決して無いのだ。
そもそも、彼が誤解される元となった孤児院の家出の件も、別に孤児院に不満があっからというわけではなく、他者を守る力を得る為に早くに自立しただけなのだが、その件と素直でない性格のせいで、自分勝手で冷淡なヤツだという印象に拍車をかけてしまっている。しかし本来の彼は、寧ろ薄情とは対極した考えを持っているのだ。
そんな風に頑なになりがちな弟を、もっと理解してくれる人が現れて欲しいとはルゥの弁。

三人の手元には、いくばかの金がある。それはロイから出た報償金だ。
ルゥとチャド…そして途中で参戦したレイは、正規のフェレ兵では無かったしなる気もなかったが、ロイと共に戦うと決めてそう申請した時に、身元が不確かな者を共に行動させるわけにはいかないと、傭兵という位置付けで身柄を登録されていた。
裏の仕事が多く、あまり表舞台に出ることが無かったチャドと違い、幼いながらも優秀な双子魔導士の知名度はかなりのもので、それに比例し、働きもめざましいものだった。
レイに至っては神将器アポカリプスに選ばれ、神将器を扱った者の中で最年少ということもあってか、名前の通りが人一倍良く、噂ばかりが一人歩きしている状態だった。
余談だが、その噂の運び手たる吟遊詩人が作った歌は、本人が聞いたらどう思うか知れたものではないような壮大なものだと言う。
――よって、傭兵である彼ら三人には、その働きに見合うかなりの額の報償金が手渡される事になった。
ルゥとしては、ロイの軍隊に入った主な理由が、院長先生の仇を打つという私的なものだったので申し訳なく思うも、孤児院の再建に資金がいるのも事実。
他に出来ることはないかと問うロイにより感謝し、それ以上の…孤児院への援助を願い出る事は躊躇われ、遠慮した。
もう充分。良くしてもらえた。
これからリキアを再興し、多忙を極めていくであろう彼の負担にはなりたくなかった。
もし、本当にどうしようもなく打つ手が無くなった場合のみ頼ろうと思うが、今はこの資金を元手に自力で出来る限りの事はしていこうとルゥは思っている。
チャドやレイには渋い顔をされたが、ルゥはそれだけは譲れなかった。

そもそも、援助を頼む上で一番確実な方法は、このままエリミーヌ教の傘下に入ってしまうことだった。
即ち、エリミーヌ教団に経営を委ねるという、最も安易かつ確実な方法なのだが、その手を使う事の出来ない理由があった。
何故ならルゥ達の孤児院は元々院長のルセアが実費で建てたもので、エリミーヌ信徒である彼が後から教団に活動申請…ようは暖簾分けのようなものをしてもらったという経緯がある。だからこそルセアが亡くなった後に助けて貰えたのだが、基本的にルゥ達の孤児院はエリミーヌ教団に繋がりはあれど、経営には立ち入らせず、実権はルセアの元にあったという事なのだ。
それゆえ、孤児院の子供達は強制的にエリミーヌ教を信仰させられる事もなく、思想は個人の判断に於いて自由とされていた。もちろん子供達の中にはルセアと同じ修道士になりたいと望む子も多かったが、ルゥ達三人も各々好きな道を歩み、今に至っている。
よって、エリミーヌ教に援助を頼むという事は、即ち新しい神父を派遣して欲しいと言うことと同意の意味を持ち、そうなればエリミーヌ教徒ですらなく、まだ子供と言うべき年齢のルゥが院長になることはない。
下手したら再建する必要はないとされ、取り潰されて本部に吸収されてしまうだけかもしれない。
更に、例え孤児院が今の形のまま残ったとしても、孤児だが独り立ち出来る年齢のチャド…更にはルゥとレイも孤児院に残る事は難しくなるだろう。
事情を話せばあるいはこちらの意思を尊重して貰えるかも知れないが、既に1年もの長期に渡り子供達を保護して貰っている手前、そこまで都合の良い申し出をするのは虫が良すぎる。
もし、ルゥが大人になるまでの中継ぎである事を承知で派遣されてもいい人物が、自分から現れる…などという都合の良い事でも起きない限りは、エリミーヌ教団に援助を願い出る事は出来なかった。
ルゥ達は決してエリミーヌ教会を作りたいわけではなく、目的はあくまでも亡くなった院長先生の遺志を継ぎ、子供たちを見守る事なのだから。
まだ子供の彼らが成し遂げるには難しい問題だったが、かつて院長先生がした道を歩くということは、これから彼と同じ道を歩む少年にとって儀式のようなものだった。

各地の村々を回る。
どの村も明るく賑わっていた。
ルゥ達の様子を見て、彼らが実力も知名度もある優秀な戦士だったなど誰が分かるだろう。
これから先。
ルゥはアフェランで孤児院を再建し、
チャドは仲間を頼ってオスティアに働きに行き、
レイはイリアのニイメの元で、本格的な闇魔法の修行を開始する。
三人の進む道は別れている。だから一緒に居られるのは今だけ…という想いが、この旅をより楽しいものにしていた。


それから数日経ったある晩の事。
皆で焚き火を囲んで夕げを平らげた後。レイは目を落としていた本から顔を上げ、機を見計らってからおもむろに口を開いた。
「そろそろ話してくれても良いんじゃないか?」
鋭く自分を睨み付ける弟にルゥは目を瞬かせた。
「え…何?」
ルゥはキョトンと首を傾げる。
ルゥは弟の問いにまるで心当たりはなかった。
逆にチャドの方は訳知ったると言った感じで深くため息を吐く。
「とぼけるな、何を知っているんだ?」
この旅が始まってからルゥは普通過ぎた。
院長先生の手紙に記された真実を知ったからには、不安に思う事や苛立つ事があるはずだ。それが全く無いなど不自然過ぎる。
だが、ルゥはいつものようにルゥらしく、装っているようにも見えない。
レイはずっといぶかしんでいたのだ。
自分の知らない更なる真実があるのでは…と。
「あのな、レイ。ルゥは違う。何も知らない」
「―――どういう事だ」
「ルゥ。親父さんの…死神の事をどう思っている?」
「え? …う〜〜ん…。もし会えたら嬉しいな。だってお父さんもお母さんもずっと死んでるって思っていたから、生きているかも知れないなんて本当に嬉しいよ」
これがルゥの上機嫌になっている理由だった。
彼の中では父親が『死神』という事実はどこかへ飛んでいってしまったかのようだ。
「…………」
レイは脱力をする。
ルゥの中のレイの悩み事など、もうすっかり完結していたのだ。
父親が死神と呼ばれたのには理由(わけ)があると、或いは父親と死神とは別の存在なのだと。そう割り切っているのだ。
気にすべきでない事は気にせずにいる。
それは単純なようで居て、真に心の強い者にしか出来ない在り方だ。
何でも気に病んでしまう性質のレイには到底出来ない、在り方。

「レイは違うの? レイの方が本当は…」
「分かった!分かったからもういいって!!」
じっとりと気まずい時間が流れる。
全く思い悩む様子を見せないルゥがてっきり何かを隠していると思い込んだのだが、当てが外れたようだった。
レイは猫背をさらに丸めてガックリと肩を落とす。

(自分だけ真剣に考えて…馬鹿みたいだ)

レイは座ったままの姿勢で焚き火から体をずらし、そっぽを向いてしまった。
「ぼ…ぼく何かしたかな?」
「気にするなよルゥ。そうだな……おい、レイ! 折角だから話してやろうか? 死神の話を」
「は?」

チャドが旅立ちの日。待ち合わせに遅れた理由。それはオスティアの密偵アストールに『死神』の情報を聞きに行っていたからだ。
チャドが知る死神とは、絵本のような知識でしかない。
ようは、あまりに誇張されすぎて信憑性など殆ど無い代物だったのだ。
その点。死神が活動していたと言われる20年ほど前から一線で働いていたアストールなら、自分達の知らない死神について詳しいに違いない。そうチャドは踏んでいた。

「……教えてくれ」
レイの言葉に頷くと、チャドは語り始めた。

遠い、死神の物語を。





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