| 恋に花を咲かせて 軍隊に入り、行動を共にする。 それは、女性にとって辛く、厳しい事が多い。 エリウッド達リキアの公子公女に率いられた軍は、他の一般的な軍よりはまだ規律も緩く居心地良かったが、無理を押しての強行軍。度重なる戦闘。そして、それに備える雑務に追われては、気の休まる暇もない。 そんな中。憩いの時となるのは、夜営の為に組み立てられた天幕の内側。分けても夜、就寝前にする友人同士の語らい。それは格別の娯楽だった。 少女たちは周りを気にする事なく楽しいお喋りに興ずる。 この…晩も。 セーラ、フロリーナ、レベッカ…そしてニノの4人は、就寝前の一時を楽しいお喋りをして過ごしていた。 女性同士のお喋りとなれば、その話題は必然的に恋に関するものになる。 皆程度は違えど、それぞれ意中の男性と親しい仲になっていたことから、会話の内容もそれに応じ、込み入ったものへとなっていく… 会話の中心となるのは、オスティアのシスター、セーラ。 彼女はシスターという職業に加え、オスティアに仕えていることから知人が多く、流行にも敏感。いつも話題を提供し、会話を盛り上げる。 自信満々で大上段から話されても嫌味の無い、珍しい性格をしている。 暴走しがちなセーラをたしなめ、話をまとめるのはフェレの領内にある村長の娘で、凄腕の弓兵でもあるレベッカ。 一見、4人の中では一番落ち着いて見られるが、恋の話題に関しては盲目的に夢見がちで、誰より熱くなる癖がある。 引っ込み思案で口下手なイリアの天馬騎士フロリーナは、主に聞き手に徹し、目まぐるしく交わされる話題についていくのがやっとの様子。 時々振られる会話にも、しどろもどろに答えている。 だが、その姿は同じ目線で物事を語れる友人を得たせいか、とても楽しそうに見えた。 ニノは、まだ軍に参加してから日は浅いものの、持ち前の明るさと人懐っこさで既に皆と馴染んでいる。 同世代の女の子達と交流することが少なかったニノにとって、彼女らとの会話は何もかもが目新しく楽しい。 ジャファルとの仲をのろけられるのも、この上ない喜びだった。 だが、その楽しい雰囲気は、セーラの一言で一転する。 「まったく、失礼しちゃうわよね!」 彼女が何を怒っているのかと言うと、ニノは面識無いが、セーラと同僚にあたる密偵が彼女に対してしている、ある呼び方についてだった。 「別に悪意があって言ってるわけじゃないと思うわよ」 宥めるレベッカも深刻な事だと見なさなかったようで、「しょうがないわね」といった感じの口元が笑っている。 「…でも『お前』はないと思わない?」 彼女はこの『お前』という呼び方が気に入らないと再度主張する。自分を下に見ているようで我慢ならない…と。 「そう言われても…ねぇ、フロリーナ」 「うん」 だが、それは失礼だわと頷いてくれることを期待した面々はピンとこない様子で顔を見合わせ、首を傾げている。 何故なら、回りが年上ばかりで「妹」として扱われる生活が長いレベッカとフロリーナには『お前』と呼ばれることに特に何の抵抗もないから…そう説明するレベッカにフロリーナも頷いて同意を示した。 「もう! 良く考えてよ『お前』ってすっごく失礼な呼び方よ!」 二人の言葉にセーラが納得するはずもなく、まだプリプリ怒っている。 「じゃあニノは?」 セーラは味方を得ようと、レベッカに同意しそびれたニノに話を振る。 「え、えっと……」 ニノは考えこむ…何故なら彼女の最も身近な人物が自分を『お前』と呼ぶ事があるからだ。 暫く考えて、ニノは答えた。 「あたし…ジャファルに『お前』って呼ばれるけど何ともないよ」 「えっ? ニノったら可哀想に…」 セーラが少し大袈裟に同情してみせたので、ニノは一瞬戸惑ったが、そんなことないと続ける。 「…ジャファルにそう呼ばれて嫌だったことないもん」 「一度も?」 「うん、一度も」 ジャファルに『お前』と呼ばれるのはあまりにも自然だったので意識していなかった。だが、セーラに言われて改めて考えてみると確かにその呼び方は失礼なのかもしれない… そう思い始めながらも、何故ジャファルに呼ばれても不快ではないのかをニノは考える… ジャファルがニノを呼ぶ時。 いつもそこには暖かい思いやりの感情があった。 「お前に何かあったら俺は…」 「お前の事が好きなんだ…」 「俺がお前を守る」 ジャファルの言葉から伝わる想い。それはニノには無くてはならないものだ。 『お前』という言葉は確かに礼を欠いているけれど、丁寧な言葉を使う人の心が決して綺麗だと言い切れないように、言葉使いの悪い人の人柄が全て悪いはずはない。 だから『お前』と言う呼び方をジャファルからされても気になる事はなかったのだ。 ニノがしどろもどろにそう説明すると。 「まぁ、確かにジャファルさんが人並みに言葉使いや礼儀を学んだようには見えないわよね」 と、セーラは納得顔で頷いた。 ジャファルは回りに居た人間の言葉使いをそのまま自分のものにした。 だから言葉では『お前』と呼ぶ…けれど気持ちは『あなた』もしくは『君』のようなものなのだろう。そしてジャファルがニノを呼ぶ時、その言葉が例えそっけないものであったとしても、気持ちでは『あなた』かそれ以上のものだった。ニノにはその気持ちがあれば十分だった。 「でも、せっかくなら『お前』なんかじゃなくてちゃんとした呼び方に直してもらったほうがいいんじゃない? 気持ちのこもった『お前』より、気持ちのこもった別の呼び方だったらもっといいはずだわ」 セーラが余計なお節介を焼くが、ニノは譲らなかった。 「このままでいいよ。ううん、このままがいい」 そこに咲くのは恋の花。 自信を持った様子で喋るニノの声は彼女が幸せなことを表していた。 「はいはい、結局ニノののろけだったって訳ね…ごちそう様」 ごちそう様と言いながらセーラは欠伸をする。気が付けば随分夜更かしをしてしまっていたのだ。比較的おとなしくしていたレベッカが笑う。 「私もごちそうさま。そろそろ寝ましょうか」 「ええ、明日も頑張らなくちゃ」 フロリーナも少し眠そうな声を続けた。 皆は毛布を被り、「おやすみなさーい」と声を揃える。 そして少女たちは夢の中。 幸せな夢が見られますように… 夢の中で、愛しい人が呼んでくれますように… そんな楽しい夜は更けていくのだった。 あとがき 故子です。 今回はお題も終了しましたし、軽めの短い話にしてみました。 『お前』って確かに良くない印象が強い呼び方なんですよね。でもジャファルは決してニノを下に見るような事はなく、寧ろ誰より尊敬していると思うのです。それを伝えられたら…と思います。 同盟もこれで三周年。まだまだ頑張りたいと思いますので、どうか宜しくお願いします。 駒緒です。 久々にあっさりめのお話でした。 ジャファルが出てこないですがジャファルとニノはラブラブなんですということで。 後書きも短めですが読んで下さってありがとうございました。 2007.11.22 |